第4章: 旅路
1923年· ババ 29歳ページ 434 / 5,444
バーバーは断食を続け、シャーベットだけを少量口にしていた。
ハイデラバード(シンド)で列車を乗り換える際、混乱を招く出来事が起こった。検札係は、いくら頼んでも考えを改めず、すべての荷物を計量すると言い張った。続いて駅長が現れ、彼もまた寝具の包みを開けるように主張し、すべての荷物を計量・検査せねばならないと繰り返した。そこでバーバーはラムジューに、ウパスニ・マハラジのウルドゥー語の伝記を一冊、駅長に渡すよう命じた。本の中のバーバーの写真をよく見た駅長は深く感銘を受け、彼らをこの煩わしい検査から解放した。男たちは必要最低限の物しか持たなかったが、検札係の関心を引いたのは女性たちのかなりの量の荷物だった。
一行は6月27日午後9時30分にアフマダーバードに到着し、サダシヴ、アスマ、ヴァジフダールが駅で出迎えた。バーバーはサロシュにグルマイ、コルシェッド、スーナマシをトランクとともにアフマドナガルへ連れて行かせた。バーバーはコルシェッドとスーナマシに、ボンベイへ呼び寄せるまでアフマドナガルに留まるよう助言した。その後、バーバーは駅のプラットフォームでサダシヴ、アスマ、ヴァジフダールと内輪の会見を持った。バーバーはサダシヴに、クエッタで彼のために仕立てられたあのカフニを携えて翌日プーナへ戻るよう命じた。さらにサダシヴはヴァジフダールのスーツ、靴、帽子を持ち、ボンベイにあるヴァジフダールの家へ届けることになっていた。バーバーの条件によれば、男たちはパジャマ、シャツ、カフニ以外のものを着ることはできなかった。
アフマダーバードでは、スラムソンが一行のためにパールシーのダラムサラ(宿泊所)を手配した。しかしダラムサラにはゾロアスター教徒しか宿泊できなかったため、バブー・サイクルワラ、ラムジュー、バルソープの三人の宿泊問題が浮上した。ラムジューはグジャラート語が話せたので問題なかった。ムスリムのバルソープはイラン人として通すことにし、口を開かないようにと言われた。バーバーは休憩所の責任者にバブーは自分たちの使用人だと申し立て、バブー・サイクルワラの問題を素早く解決した。こうして彼らもほかの者たちと共に泊まることが許された。
6月28日の朝、バーバーはグスタジとベフラムジへの断食命令を取り消し、ほかのマンダリと共に一日二食を取ることを許した。しかしバーバーは自身の断食はやめず、24時間に一度シャーベットだけを口にしていた。その日の午後、バーバーはマンダリを伴ってアフマダーバードを観光した。
アスマはバーバーに、両親が彼の旅への合流に同意していないと説明していた。これがクエッタにおいて、バーバーがアスマに帰宅するよう強く言い続けた理由であり、アスマの父親をなだめたかったのである。
