第1章: 涙を流す時代
サイ・ババ、アッラーのファキール
1894年以前ページ 43 / 5,444
アッラーは貧しき者の守護者である。彼のほかには何ものも存在しない。アッラーの名は永遠である。アッラーは万有のすべてである!
シルディという小さな村で、ぼろぼろのローブをまとった髭の男が、毎日この言葉を叫んでいた。彼は聖別されたモスクでチラム [土製のパイプ] を吸い、人々は彼に敬意を表するために列をなして通り過ぎていった。彼は一人ひとりへの祝福として、こう言った。「ポケットにある金を全部私に渡せ。」しばしば彼は、彼らが家へ帰る運賃さえ残すことを許さなかった。それでも一日の終わりには、彼はそれをすべて貧しい人々に与え、自分の食べ物を乞うために街を歩き回った。彼はバクリ [無発酵の雑穀パン] だけを乞い、それだけで暮らした。
ある時、裸の子どもがこのファキールの前に立っていた。彼はその母親に尋ねた。「娘よ、それは男の子か、女の子か。」それほど彼は無垢だった。彼はしばしば、そのような事柄をまったく知らないように見えた。
控えめに言っても、このファキールの振る舞いは普通ではなかった。しかし、彼に信を置く人々は、彼が求めるものを何でも与え、そうすることを祝福と考えた。彼はこう言ったものだった。「私はファキールが指し示す者からだけ求める。その代わりに、彼らが私に与えるものの十倍を、私は彼らに与えなければならない。」彼が語ったそのファキールとは、ほかならぬ全能の神であった。
この修行者はヒンドゥー教徒だったのか、それともイスラム教徒だったのか。インドのあらゆる宗教とカーストの人々が彼を訪ねて来た。この聖なる人物は、いかなるカーストにも、宗教にも、「主義」にも属していなかった。彼自身こそ真のファキール、皇帝たちの皇帝だった。なぜ人々は何百マイルも旅して彼に会いに来たのだろうか。彼の目が、人々を彼の方へ引き寄せる磁力を帯びて、まばゆく輝いていたからである。彼の目の光は、何千人もの人々を彼の足もとへ引き寄せた。
この並外れたファキールの内には、その時代のクトゥブ・エ・イルシャード [霊的階層の長であり、当時の第一の完全なる導師] が隠れていた。すべての世界と宇宙の鍵をまさにその手に握る者が、インドの名もない村に、ぼろをまとった物乞いとして現れた。彼の手の中で、世界の混乱が生む相反する力と宇宙の苦悶は均衡を保たれていた!世俗的な物質主義者にはこれを信じるのは難しいかもしれないが、これは霊的事実である。
