第32章: 1958年メヘラバード・サハヴァス
1958年· ババ 64歳ページ 4,284 / 5,444
午後3時から数分過ぎた頃、ゴーダヴリ・マイと一同はパンダル[仮設の集会所]に集まり、そこでバーバーは「分裂したエゴ、または分裂した『私』」について談話を行った。
私は今回の談話に関する要点を口述しました。それは英語で読み上げられ、そのヒンディー語およびマラーティー語の翻訳もあわせて読み上げられます。私たちは分裂した人格について耳にしてきました。それはかなり一般的なことだと聞きます。ある日には人は幸せで弾むような気分でいるかもしれませんが、翌日や次の瞬間には落胆し、ふさぎ込んでしまうことがあります。ある日には善い行いをし、その翌日には好ましくない行いをすることがあります。分裂した人格と比べて、分裂したエゴ、すなわち分裂した「私」というものは新しい概念です。かつてこのようなことが説明されたことはありません。これはまったく独創的なものです。
皆さんの多くはジキル博士とハイド氏についてお聞きになったことがあるはずです──一人の人間の中に善と悪の傾向が併存している例です。これは分裂した人格のよい例です。
分裂した人格というものがあるように、分裂したエゴというものもあります。誰もが分裂した人格を持つわけではありませんが、誰もが分裂した「私」を持っています。あらゆる者の真の「私」は、常に一つの不可分の全体です。同時に、すべての個人の中には、自身の分離した存在を生み出す偽りの「私」も存在しています。まさにその唯一の真の「私」が、さまざまな仕方で無限の偽りの「私」たちの役を演じ、唯一の真にして永遠なる実存から生まれた数えきれないほどの個別の存在や事物を作り出していることが分かります。
実際には、真の「私」はただ一つしかありません。この真の「私」はあまりにも妥協なく一つであり不可分であるため、いかなる個別の存在をも知りません。ここに居合わせる皆さんすべては、その一つにして全体である分離不可能な「私」の不可欠の一部なのです。それでは、私たちがここに形を見るのはどうしてでしょうか?この分裂はどこから来たのでしょうか?もしこの分離がなかったならば、誰一人として、不可分の真の「私」がただ一つしかないということを見出せなかったでしょう。「私」は実在しますが、分裂したエゴ、すなわち分離する「私」は実在しません──それでもなお、私たちはこのすべての分裂を目にしています。この唯一の真の「私」は、見かけ上は無数の偽りの「私」たちに分裂しています。この偽りの「私」から、何を期待することができるでしょうか?偽りの「私」は偽りであるがゆえに、あらゆる偽りを代表しています。私の中の真の「私」は二つとない一者を見ますが、皆さんの中の真の「私」は、見かけ上はあらゆる場所に分裂を見る偽りの「私」へと分裂しているのです。
