第32章: 1958年メヘラバード・サハヴァス
1958年· ババ 64歳ページ 4,268 / 5,444
バーバーはカワールを抱きしめ、どんなプログラムを始める前にも必ず自分の名前を唱えるようにと言い、それからカワールと楽士たちは去って行った。プーナのバジャン・グループは歌い続けた。
バーバーは午後6時に発つと述べていたが、音楽が終わり、バーバーがジャイの歓呼の中をメヘラザードへ向かったときには、ほぼ6時45分になっていた。
遅くまで居残ったので、バーバーは冗談めかしてこう言った。「今日は残業をしましたので、明日は午後5時15分に発つことにします。」
バーバーはドゥニの近くで車を止めさせ、そこで幼すぎてサハヴァスに参加できなかったロカンデの子供たちが歌うバジャンを聞いた。ロカンデはそれでも子供たちを連れて来ており、子供たちはファミリー・クォーターでラマ・カルチュリと一緒に過ごしていた。ラマ自身は出席していたものの、シーラとメヘルナトもサハヴァスへの参加は許されなかった。バウはメヘラバードに滞在していたが、ラマや自分の子供たちと話すことは許されなかった。ポファリの娘の子供たちも来ており、バーバーはメヘラザードへ向かう前に、ドゥニの近くでこれらの子供たち全員と10分間ともに過ごした。
ワマン・パダレは16日に用事でメヘラザードへ遣わされ、夕方アフマドナガルへ戻ろうとしたとき、バスに乗り遅れた。彼は木の下で一夜を過ごさざるを得なかったが、すべてが「計画された」ように思えた。というのも、その晩メヘラザードへ通じる私道で、彼は若く、肌の浅黒い、美しい風貌のマストに出会ったからである。翌朝バーバーがメヘラバードへ向かう途中、そのマストが一人立ち尽くして空を見つめているのを見た。バーバーは彼に手招きして、自分の車に乗せた。
バーバーは1958年2月17日月曜日の朝8時15分にメヘラバードに到着した。八人の男たちが交替で、リフトチェアに乗せたバーバーを担いで丘の上へと運び上げた。サハヴァスの一行は熱気のあまり、椅子について来るようにとのバーバーの指示を無視し、バーバーの前を駆けて大きな騒音を立て、もうもうと砂埃を上げた。彼らを抑えるために、バーバーは自分から数百ヤード後ろに留まり、秩序立てて女性たちの後について来るように命じた。
