第32章: 1958年メヘラバード・サハヴァス
1958年· ババ 64歳ページ 4,261 / 5,444
疑いなく、次の生においてその人は、過去の行いによって獲得したサンスカーラ(sanskaras)の重荷ゆえに、はるかに大きな苦しみを受けます。しかし、その苦しみが激しい分、救いとなる要素は、この獲得されたサンスカーラがそれだけ速く消し去られていく点にあります。それらは苦しみの強さに比例して消し去られていきます。獲得されたサンスカーラが消されていくとともに、その人自身のサンスカーラもまた急速に消し去られていきます。
聖者を装う、権限なき者が数千人に益(やく)をもたらす源となるのと同じように、多くの人に害をもたらす者ともなります。これらすべては幻影の中での戯れです!
アヘン中毒者が他人にアヘンを少しだけ分け与えて喜び、その相手が味を覚えると今度は友人にまた少量を手渡す、こうしてアヘンを食する者たちの仲間が出来上がっていくのと同じです。私たちの話に出てくる「アヘン化された」聖者の身近な二、三人が、誰それの女性は子を授かった、別の女性は願いが叶った、そしてその「聖者」は数多くの奇跡を行ったといった噂を広め始めます。そのアヘン化された聖者のまわりに、信奉者の徒党が形成されていきます。
この幸福な光景は長くは続きません。なぜなら、数年が経てば、ある日少なくとも一人は、自分の導師が詐欺師であって神を実現した者ではないということに気づいてしまうからです。その確固たる信念が大きく挫かれたときの衝撃はあまりに強烈で、彼が信仰と帰依の念から知らぬ間にその「聖者」に移していたすべてのサンスカーラが、ある瞬間に独りでに自らのもとへ跳ね返り、再び新たな重荷となって彼にのしかかるのです。こうして、アヘン化された聖者に信仰を置いていた人は大いに苦しむことになります。
では別の角度からこの光景を見てみましょう。私がそのアヘン化された聖者であり、あなたが私を完全なる導師として愛し、敬っているとしましょう。あなたの愛はあまりにも深く、信仰はあまりにも大きくなり、実際に霊的な道において進歩を遂げ、本当にその道の体験を持ち始めます。この場合、あなたは確かにアヘン化された聖者の手によって益を得ているのです。一方、先ほどの場合では、アヘン化された聖者は大きな害をもたらしたわけです。そうした偽の聖者を通して、害と益とは反発しつつ積み重なっていくのです。
