第31章: インドの大地に流れた血
1957年· ババ 63歳ページ 4,233 / 5,444
彼がこう言うと、誰かが拍手した。バーバーは顔をしかめ、ここはサハヴァスであり、そうした振る舞いがそぐわない深い意味を持つ場であることを彼に思い起こさせた。
カッワールは再び歌い始めた。
私がいつあなたを見つけ、失い、あるいはあなたの中で迷うのか、私には分からない。
肉体では眠っていても、私の心はあなたを偲びながら覚めている!
「心まで眠っていたなら、なお良かったでしょうに!」とバーバーが冗談を飛ばすと、皆が笑った。
彼は続けた。「皆さんがご覧になっている全宇宙は夢であり、今この時、皆さんは皆、夢の中にいます。皆さんが眠っていて、私が皆さんの夢の中に現れ、こう告げるとお考えください。『今あなたが見て体験していることはすべて夢ですよ!』しかし、皆さんはそれを信じません。けれども目覚めた時、私が申していたことが全くの真実であったとお分かりになります。同じように、皆さんが体験するどのような苦しみも喜びも、実のところは夢なのです。このカッワーリーの歌も、皆さんが灼けるような日差しの中をここまで急いで来られたことも、私が皆さんにこのお話をしていることも、真実においてはただの夢にすぎません。ですが、私が皆さんの[内なる]目を開いてさしあげない限り、皆さんはそれを信じないでしょう。」
バーバーはカッワールに向き直って言った。「賛美はもう十分ですから、今度は愛についての歌を聞かせてください。」
カッワールが歌い始めようとしたところで、バーバーは彼を遮り、神聖な陶酔について説明し始めた。「求道者が霊的な道を歩み進むにつれ、世俗の意識を失っていき、その結果としてマストの状態に至ります。この状態では、彼には世界に対する意識がありません。彼は食べ、飲み、衣を纏い、身を覆いますが、そのことについて何も考えません。
「この状態が果てしなくなると、その人はマジュブの境地に至ります。この境地に達した後、粗大意識を取り戻して世俗的に振る舞い始める者は、極めて稀であります。そのような状態の人を見分けることは、ほぼ不可能であります。それは、すべてを失い、すべてを得るということを意味します。」
バーバーはおどけてこう述べた。「遠い遠い昔、私はすべてを失って神となりましたが、ありがたいことにユーモアのセンスだけは失わずにすみました!」
カッワールは別の二行詩で再び歌い始めた。
私のただ一つの姿の中に、これら数知れぬ姿のすべてが宿っている。
誰を罪人と見なし、誰を聖者として信ずべきか?
ガザルが終わると、感情的な状態であるハールについて語りつつ、バーバーは次のように述べた。「かつて、私の古くからの伴侶であり弟子でもあるムンシジが、ここボンベイでカッワーリーの催しを取り計らったことがありました。アリームッディンというイスラム教徒の少年が、献身の発作の中で跳び上がっては降りるのを繰り返し始めました。その日、歌が進む間にそうした出来事が何度か起こりました。ガザルが終わった後でさえ、アリームッディンは同じ感情の状態にありました。これをハール、あるいはバーヴと申します。献身者が真の愛する者となる時、この状態は消え失せます。その愛の中で、彼はただ内側で燃え上がるのみで、それは外からは見て取ることができないものなのです。」
