第31章: インドの大地に流れた血
1957年· ババ 63歳ページ 4,224 / 5,444
個別の紹介が終わると、バーバーは服従の種類についての談話を始めた。
永遠に、神のみが唯一の方であり、決して変わることがありません。神は決して変わることがありません。それ以外のすべては変わります。それらはすべて過ぎゆく見世物にすぎません。昨日は過ぎ去り、今日もまた過ぎ去ります。しかし神はかつていて、今もいて、永遠にいつづけます。今日あなたは大人ですが、かつてはあなたも子どもでした。数年後にはあなたは老い、肉体を脱ぎ去ることになります。その後あなたは再び生まれ、別の身体をまとうことになります。幾多の生と幾多の死が過ぎ去っていきます。ただ神のみが永遠の永遠まで存し続けます。
心は、絶えず移り変わるさまざまな曲折にもかかわらず、またその曲折を経ながらも、生と死を貫いて持続します。心が消滅すれば、神は自身を顕します。そして神を意識しないかぎり、心は存続し続けます。心が去れば、神が「来ます」。それはただ全身全霊で私を愛することによってのみ去ることができます。また私の恩寵によって溶け去ることもあります。しかしこの恩寵にふさわしい者となるためには、服従がなくてはなりません。それは私の望みに従って疑いなく行動することにあります。
服従にはさまざまな種類があります。
1. 兵士の服従 — 愛国的な動機による[祖国のための]服従です。指揮官が「撃て!」と命じれば、兵士は何も考え直すことなく弾を発射します。古い言葉にあるとおりです — 「理由を問うのが彼らの務めではなく、ただ行うか死ぬかが彼らの務めである」。
2. 給金をもらう使用人の服従です。給金が多く、また早く支払われるほど、雇い主に対する彼の「はい、旦那様」の声は大きくなります。
3. 束縛のもとにある奴隷の服従です。それは強いられた服従です。昔、奴隷が売り買いされていた頃、彼らの暮らしは悲惨であったと私たちは聞いています。彼らは鞭打たれていたために、また強制のもとで従うほかに手立てがなかったために働いていたのです。
4. [神の]愛する者の服従です。これこそが真の服従です。彼の服従は喜んで行う服従です — 報酬も対価もなく、見返りや報いの期待もなく、ただ愛があるのみです。
喜んで行う服従こそ、全身全霊の愛から湧き出る真の服従です。しかしこの最後の種類の服従にも、さまざまな段階があります。
