第31章: インドの大地に流れた血
1957年· ババ 63歳ページ 4,220 / 5,444
「それはあなたとは何の関係もありません。事故は起こるべくして起こり、そして起こったのです。私はあなた方全員に、個人的な災難が訪れるであろうと告げていました。なぜそれほどに悲しまなければならないのですか?」。
「ですが、あなたは生涯不自由なお身体になられてしまいます!もう歩けなくおなりになるのです。私たちは、あなたが非常に速く歩かれるのを目にし、その後を走って追わねばなりませんでした。今やそれはどこへ行ってしまったのですか?すべて失われてしまいました!
「誰がそう言うのですか?」。
「世界一の外科医です。ドンや他の医師たちもみな同じことを言っています」。
こうしてエルチは、そのような思いに苦しめられた。ある日ドンがメヘラザードに来て、ロバート・グレイヴズの『キング・ジーザス』という小説に目を通していたとき、イエスには足を引きずる癖があったと述べる一節に出くわした。エルチはこれを読み、イエスもまた同じような形で苦しまねばならなかったという事実に、いくぶん心を慰められた。
1957年11月6日、プカルとその家族、バヴァニ・プラサード、パリワル、ビシャンバルとアングリ・グプタ、ケシャブ・ニガム、そしてティルマラ・ラオと家族をはじめハミルプルとデリーから何人もの人々が、バーバーのダルシャンに訪れた。ナウランガのムンガラルもやって来たが、彼はマストのようになっていて、奇妙な振る舞いをしていた。一度などは、感情の発作にとらわれて井戸に飛び込んだこともあった。メヘラザードへ向かう途中、ムンガラルは間違った駅で列車を降りてしまい、プカルはラフリで降りて引き返し、別の列車で彼を連れて来なければならなかった。彼の状態を案じて、バーバーは彼をメヘラザードに呼んでおり、バーバーに会った後、ムンガラルは正気を取り戻した。
翌日にはキシャン・シンが来て、9日にはジャルバイとラムジューが到着した。アクバル・プレスのエルチのいとこメフル・ダマニアは間もなく結婚することになっていた。メフルは幼少のころからバーバーと接触があり、その名もバーバーが付けたものであった。不幸なことに、彼女の姉コルシェド(エルチの妻)はミルチャンダニと関わるようになっていた。11月15日、バーバーはその家族をメヘラザードに呼び、二時間にわたって話し、偽りのグルに関する自分の最近の警告を彼らに思い起こさせた。彼らに対し、もしミルチャンダニがメフルの結婚式に出席するならば、ビンドラ・ハウス家族の出席はバーバーが許さないと告げた。
翌日、ピンパルガオン村の年長者五人がメヘラザードに連れて来られた。バーバーは彼らの足元に頭を下げ、それぞれにプラサードとして51ルピーを与えた。
11月23日には、ジェサワラ家がバヌマシーとダディ・ケラワラとともにメヘラザードへ来訪し、ナリマンとシガンポリアもやって来た。翌朝、1957年11月24日日曜日、バーバーはハリー、ナリマン、エルチとともにサロシュの車でメヘラバードへ向かった。ジャルバイとサヴァクはアディと同行した。アランガオンの追随者たちのためにダルシャン兼バジャンの集いが催され、続いてケンモアにメヘラバードを案内する時間が設けられた。メヘラザードへ戻る途中、バーバーはアクバル・プレスのそばで車を止めさせ、結婚式のために集まっていた人々と会った。
