第31章: インドの大地に流れた血
1957年· ババ 63歳ページ 4,210 / 5,444
アディはスタジオで見たものを気に入り、椅子に腰掛けたバーバーの実物大のブロンズ像の価格を1万6千ルピーに定めた。バーバーの許しを得て、タリムの息子であり助手でもある34歳のハリシュがその日アシアナへ来て、バーバーの顔の寸法をいくつか取った。数日後、像の比率を正確にするため、バーバーのズボン一着とサドラ〔ゾロアスター教の聖なる肌着〕がメヘラザードから送られ、タリムに渡された。1
バーバーは8日にアシアナに着くと、バウに告げた。「私が何を言ったとしても、食事はしっかり召し上がってください。」
バウはバーバーが何を意味しているのかを完全には理解しなかったが、そのようにすると答えた。彼は夕方早くから真夜中までバーバーの傍らで夜警を務めなければならなかったので、一日一食しか食べていなかった。エルチもまた、一日に一度しか食事をとらなかった。
最初の夜、バーバーはこう言った。「私たちが滞在する間、アシアナにはおいしい食事がたくさん用意されるでしょうから、朝は〔ルパマイの家で〕お茶を一杯だけ飲んで、それからここへ来て食事をなさってください。」
真夜中になると、バウはほぼ1マイル半の道のりを重い足取りでルパマイの家まで歩き、朝7時までにはアシアナへ戻らなければならなかった。
翌日の午後、みなが昼食のために席に着いていたとき、バーバーはバウの隣に座ってこう尋ねた。「どれほど食べているのですか? あなたの皿は溢れんばかりではありませんか! あなたは巨人なのですか? こんなにすべてを食べてしまったら、ほかの者たちには何が残るのですか?」
マンダリに向かって彼はさらに続けた。「バウがどれほど食べているか、ご覧なさい! いったい何という礼儀ですか?」
バーバーは昼食が終わるまで、ほかの者たちの前でバウを貶し続け、バウはそれをたいそう辛く感じていた。バウの大食いぶりについてのバーバーのからかいは、昼食時の毎日の儀式のようになってしまい、それでバウはパンを一切れだけ取るようになった。こうして20日が過ぎたが、バーバーは一日たりとも手を緩めず、バウが昼食の席に着くたびにからかい、いじめ続けた。毎日のようにバーバーは彼の隣に来て腰を下ろし、彼自身と彼の食欲についてあれこれ言葉と批判を浴びせかけた。
毎日昼食の時間が近づいてくると、バウは落ち着かない気持ちになり、便所に行かなければならないふりをして時間をつぶし、たった一切れのパンを食べきるあいだだけ食卓に戻るようになった。しかしバーバーは彼を放っておこうとしなかった。
脚注
- 1.タリムはまずバーバーの頭部の粘土模型試作を作り、アディ・シニアは1957年11月1日にそれを見て、いくつか助言を与えた。
