第31章: インドの大地に流れた血
1957年· ババ 63歳ページ 4,198 / 5,444
ナオロジ家の女性親族の一人がバーバーを抱きしめた後、こう申し上げた、「バーバー、どうか早くお元気になってください。」
バーバーはグジャラート語で力を込めた手振りでこうおっしゃった、「起こるべく定められたことは起こります。」
それからバーバーはその場の全員にこの言葉を繰り返された。
バーバーの股関節は、その生涯の終わりまで彼を苦しめ続けることになる。時代が書き留めたとおり、「人類のためのバーバーの苦しみは免れ得ぬものだった」のである。
ある折、8月の末頃、バーバーはベン・ヘイマンから手紙や電報が届いていないかと尋ね始められた。ベンはあまり頻繁には手紙を書かず、マニはバーバーの執拗で日々絶えない問いに当惑した。
プネーに着くとバーバーは再びヘイマンから何か連絡が来ていないかと尋ねられ、何も届いていないと聞かされると、こうおっしゃった、「明日は必ず、ベンのことを私に思い出させてください。」
マニはお尋ねした、「彼について何をお思い出させすればよろしいでしょうか?」
バーバーは手振りでこうおっしゃった、「お構いなく、ただ思い出させてくださればよいのです。」
ベン・ヘイマンが9月1日に自動車事故で負傷し、片足と何本かの肋骨を骨折したという電報が届いて、ようやくこの謎は解けた。全知なる御方は、はるかアメリカにいる愛し子の一人への全知の気遣いを、もう一度示されたのであった。
1日、チャタジー博士がバーバーを診察するために到着し、彼もまた現時点でバーバーの股関節の手術は必要ないと判断した。
アディは1日、バーバーをデカン・ジムカーナでのクリケット試合観戦にお連れし、その後、競馬を見に競馬場へ行っていた女性たちをガネシュキンドへ送り届けた。
1957年9月6日金曜日、バーバーはキルキー(レンジ・ヒルズ107/5)のK・K・ラマクリシュナンの家を訪れられ、そこには多くのプネー・センターの世話人たちが集まっていた。バーバーはしばらく彼らとお過ごしになった後、ガデカルの家を訪ね、それからこれまでと同じくメヘルジーとアディの車に乗ってメヘラザードへ向かわれた。
バーバーはプネーで数人のマストと接触された。ある日、ジャルバイが、バザールをさまよっているのを見つけたジョンというキリスト教徒を連れてきた。バーバーはそれまでこの男と関わったことはなかった。
バーバーはこうおっしゃった、「彼は道[意識の境地]の上にはいませんが、その風(ハワ[そよ風])を少しは帯びています。」
その男はマストに似た風情で、流暢な英語を話したが、その語る文には筋もまとまりもなかった。彼はかなり風格のある面立ちで、髭をたくわえ、古びた服を身につけ、どこか宮廷風の物腰を備えていた。バーバーは彼と接触できたことを大いにお喜びになり、彼のとりとめのない話を楽しまれた。
バーバーと女性たちがプネーを離れる際、バーバーはババジャンの墓から少し離れた所で車を止めさせられた。バーバーは女性マンダリに、自分は車で待っているから急いでババジャンに敬意を表してくるようにと申しつけられた。彼女たちが戻ると、あのキリスト教徒の男ジョンが、開いた車のドアのそばに立ち、バーバーを食い入るように見つめているのが目に入った。バーバーはマニに彼に一ルピーを渡すよう手振りで合図され、彼女がそうしている間、このジョンは彼女に尋ねた、「あの方を少しはお助けして差し上げたのですか?」
