第3章: マンジル-エ-ミーム
1923年· ババ 29歳ページ 419 / 5,444
ルストムの叔母の一人、ピラマイ・イラニが結婚式のためにカラチからやって来ていた。二年前にサコリでババに会って以来、彼女はその神聖なる愛の炎に焼き尽くされ、彼の信奉者となっていた。この機会に、ピラマイは自分の人生をババに捧げる覚悟ができており、そばに留まりたいとババに告げたが、ババは彼女を説得してカラチに戻らせた。彼女はババがそこを訪ねてくれることを条件に渋々承知し、ババはそれを約束した。その結果、そして師がご自身の御業を遂げていく自然な道筋は、徐々に明らかになっていった。表向きには、ピラマイがババを自分の家にお越しいただくよう招いたかのように見えたが、自身の意図をどのような秘めた仕方で明かすかは師のみが知るところである。メヘル・バーバーと常に共にいた者たちは、彼が出来事をいかにごく自然に見えるよう操っていたかを、ある程度は理解していた。そして折に触れて、マンダリは彼の御業や言葉の表向きの背後に隠された意味を読み取ることもあった。
グルマイの親族の一部の間で、カンサヘブの財産をめぐる争いが再び起こった。即座に手立てを講じなければ、メヘル・バーバーがアランガオンにあるカンサヘブの土地を奪い取るだろうと一部の者は警告した。ババはこの激しい口論を耳にすると、1923年5月11日金曜日の朝にサロシュ・マンジルを引き払った。今度はババはまっすぐ駅へ向かったが、そこから未舗装の道へ折れた。シナ川を渡った後、彼は人気のない墓地で立ち止まり、マンダリを周りに集めて、そこに身を寄せると告げた。妙な選択ではあったが、マンダリは同意した。しかしババはまもなく立ち去り、地元のダラムシャラー—市が運営する休憩所—の方へ歩き出した。適当な宿が見つかるまで、そこに留まることにした。のちにババは、もはやアフマドナガルにもアランガオンにも留まらないと固く心に決めていたと述べた。
マンダリは空腹であった。野菜を買い、ダラムシャラーで料理し、皆でパン屋から買ってきたパンと共に夕食にそれを食べた。マンジル・エ・ミームで始まったババの長期断食は、この期間中も続けられていた。食事の後、ベフラムジはアランガオンへ行き、牛車で全員の荷物と料理に使う薪を運んできた。グスタジとベフラムジは、午前11時に一日一食だけ取り、水も午前11時から午後1時の間にしか飲まないようババから命じられていた。まもなくガニは、呼び出しがあるまでボンベイで待つようにというババの指示を受け、列車でアフマドナガルを離れた。
