第31章: インドの大地に流れた血
1957年· ババ 63歳ページ 4,168 / 5,444
さらにいくつか前置きの言葉を述べた後、バーバーは語り始めた:
私は、あなた方一人ひとりが必ずよく心に留めておくべき大切なことを一つお伝えしたいと思います。私が宇宙の主であるということは事実です。私はあまねく在ります。今やその時は急速に近づいており、私は漂う「暗雲」をはっきりと見ています。私はその姿を見ているのです。これによって、私はすでに過ぎ去った最近の自動車事故のことを指しているのではありません。私が長年言及してきた屈辱が、今や目前に迫っています。私の人生のその段階では、私があなた方の手から滑り抜けてしまう可能性は十分にあります。
では、私が言う「屈辱」とは何を意味するのか、まずご説明しましょう。ある人に長年とても深く愛されてきたあなたが、ある日たまたまその人に出会ったところ、その人が突然あなたを罵り、蹴り、顔に唾を吐き始めたとしましょう。彼とのこれまでの関係を思えば、あなたのその境遇は屈辱の一例となります。同じように、長年にわたり私を崇拝し、賛美の言葉で空高くまで持ち上げてきた人々が、突然私に背を向けて、私を汚物の中に投げ捨て、極度の軽蔑を示すならば、それもまた屈辱の一例となるでしょう。
このようなことが起こり得る状況の例も、お示ししましょう。あなた方は長年にわたり私を礼拝してきました。あなた方が突然、私がゴミを食べ、裸で街を歩き回り、狂人のように振る舞っているのを目にしたとしましょう。私のそのような振る舞いに対して、あなた方はどのように反応するでしょうか。私は、あなた方の誰一人として、バーバーは気が触れようとしている、などと考えたり口にしたりすることを望みません!それどころか、私は全世界を神と真理に酔わせるために来たのです。
アバターのみが、人類の中に生きるたびに、屈辱を受けねばなりません。神の人格化であり、宇宙の事柄を司り見守る五人の完全なる導師がいるのに、彼らがあえて神を地上に受肉させる必要がどこにあるでしょうか。彼らは、人類の苦しみを担わせるために神を降ろされるのです。五人の完全なる導師は、アバターほどには中傷や屈辱を受けることはありません。私は、十字架を負い、屈辱を受けるために、この時代の五人の完全なる導師によってこの人間の姿を取らされたのです。
あなた方は福音書の中で、キリストが使徒たちにこう言われたのを読んでいます。「あなた方は私を否認するであろう。」そして、それは筆頭使徒ペテロがイエスを否認したときに実際に起こりました。問題は、屈辱の局面では、状況があまりにもひどく狂ってしまうため、あなた方は私のダーマン(daaman)[衣の裾]がいつあなた方の手から滑り抜けたのかさえ気づかなくなるということです!そのときには、あなた方は私から離れることを正当だとさえ感じるかもしれません。
