第3章: マンジル-エ-ミーム
1923年· ババ 29歳ページ 414 / 5,444
ボンベイやプーナから到着するさらに多くのパールシーやイラニの客人たちが、グルマイの親族の間でくすぶっていた緊張と非難に拍車をかけるばかりだった。地元の新聞でも、メヘル・バーバーへの攻撃がさらに目立つようになった。こうしてメヘル・バーバーとその追従者たちに対する憤慨が、懐疑的なゾロアスター教徒の客人たちの間で会話の主たる話題となった。5月4日の朝、アディがバーバーの日々の洗面を手伝っていた折、陰で起きていた噂話と、蔓延する非難の空気についてバーバーに伝えた。アディは、自家の屋敷であるサロシュ・マンジルにいる数人、特にグルマイの兄であるミノチェルシャウが、他の結婚式の客たちをバーバーに対立させるよう煽動していると明言した。アディの報告によれば、前夜にはルストムと叔父ミノチェルシャウとの間で、バーバーをめぐる激しい言い争いがあったという。バーバーは、自分が指示した通りにグルマイがまだサコリから戻っていないことに、すでに苛立っていた。アディの言葉を聞くと、バーバーは突然部屋を出て、一言も発さずに敷地から飛び出していった。
その朝、男たちのうち何人かは浴室で身を洗っており、何人かは朝食の途中だった。しかし、師の常の命令は、自分がどこへ行こうとマンダリは何をしていようと即座に従うべし、というものだった。そこでバーバーが出ていくという知らせを聞いて、マンダリは行き先も知らぬまま出来るだけ速やかに後を追った。バーバーは厳しい表情で、足早に街を歩いた。彼はベフラムジ、ナーヴァス、パドリ、マサジ、ペンドゥ、スラムソンを引き連れて、ステーション・ロードで立ち止まった。
最初、彼らはバーバーが鉄道駅へ向かうのかと思い、クシュル・クォーターズに置いてきた荷物のことを案じた。しかしシナ川にやって来ると、バーバーはむしろ川床に沿って北へ歩き始めた。彼らは野原の井戸のそばで足を止め、休息を取った。それからバーバーは引き返し、橋を渡って鉄道駅へ向かい、隣接するダルマシャーラーで軽食を取った。
その後、ドンド・ロードに沿って6マイルを歩き続けた末、彼らは荒れ果てた建物群と近くの小さな村を目にした。敷地に入ると、彼らは番人と出くわし、その建物群がかつて英国軍の駐屯地として用いられ、今はアフマドナガルのカーンサーヘブ・カイクシュル・イラニの所有であると知らされた。近くの村はアランガオンであった。
マンダリは驚いた。アランガオンとそこに留まろうというバーバーの意向は耳にしていたが、その所在地までは知らなかったからである。グルマイはその場所の名前を口にしただけで、ルストムの結婚式の後にバーバーをそこへ連れて行く計画でいたのだった。バーバーは古い井戸のそばのニームの木の下に座った。彼は数フィート離れた場所に最近建てられたギロリ・シャーの墓を指し示し、それから放置された建物群、小さなホウド(貯水槽)、敷石の段をながめた。1
マンダリは着替えも食料も飲料水も持ち合わせていなかった。バーバーはベフラムジとスラムソンをアランガオン村へ食べ物を取りに行かせた。
脚注
- 1.ギロリ・シャーは、メヘル・バーバーが1923年5月に初めてアランガオンを訪れた当時、まだ存命であった。彼はアフマドナガルの住人だったが、先に述べた通り、自身の墓を町の郊外に建てさせていた。この墓は現在、下メヘラバードの一部となっている。
