第3章: マンジル-エ-ミーム
1923年· ババ 29歳ページ 412 / 5,444
彼らは黙っていた。
そこでバーバーは諭して言った、「あなた方は私を自分たちの師としました。その代わりに、私はあなた方を決して沈ませはしないと約束しました。」
バーバーは1923年5月3日木曜日、ハッピー・バレーでウパスニ・マハラジの誕生日を祝った。マンダリはバーバーの指示に従って24時間断食し、近くの村の貧しい人々のために食事を作り、バーバーは夜遅くまで自ら配膳した。その後、男たちは村人と共にウパスニ・マハラジのアルティを歌った。
バーバーのマンダリの何人かは、祝賀のためにサコリへ送られていた。ウパスニ・マハラジは竹のかごの中に座ったまま、グルマイにその日アルティを行うよう告げた。プージャの儀式の最中、マハラジは信者たちがダルシャンのために足に触れられるよう、かごの外へ脚を伸ばした。群衆が大きくなると、マハラジは一年余ぶりに初めてかごから出て、パンダルの下のドラムの上に座った。1ダルシャンに来た人々は彼に贈り物を捧げ、グルマイとナジャ(コドゥの妻)がそれらを集めて脇に置いた。しばらくすると群衆は手に負えなくなり、ダルシャンを待つ人々の列を整理し秩序を保つために警察を呼ばねばならなかった。夕方にはマハラジを称える神輿の行列がアシュラムを一巡し、バジャンが夜更けまで歌われた。
翌日、多くの貧しい人々が体を洗われ、食事を与えられ、衣服を授けられた。物乞いたちが沐浴される予定だったので、マハラジの親族とカニヤ(親しい女性弟子たち)もマハラジを沐浴させたいと願った。彼は断り、彼女たちに告げた、「私は沐浴を望まない。今日は貧しい者たちだけを沐浴させなさい。」彼女たちはまず彼を沐浴させようと言い張ったが、彼は近くに立つ困窮した男を指さして言った、「私を沐浴させたいなら、あの癩病の男を沐浴させなさい!それは私を沐浴させることに等しい!」
ただちに女性弟子たちは癩病の男を支え、踏み台の上に立たせて、師のために用意してあった水で彼を沐浴させ始めた。マハラジ自身の妹も手伝っており、癩病の男を抱きしめると、泣き始めた。彼女は男の顔の中に兄(マハラジ)を見て、その人に頭を垂れた!癩病の男は彼女の行為に驚き、言った、「お母様、あなたの神はあのピンジュラ[かご]の中にいらっしゃいます、私の前に頭を垂れないでください。」服を着せた後、男の頭には帽子がのせられ、彼に対してプージャが行われた。その後マハラジは改めて言明した、「私はあの癩病の男の中にいた。沐浴されたのは私だ。」
脚注
- 1.ここで言及されているドラムは楽器ではなく、灯油や食用油の入った円筒形のドラム缶であった可能性がある。
