第30章: 1956年西洋への旅
1956年· ババ 62歳ページ 4,105 / 5,444
バーバーは同様に、リングウッドのエルシー・スマート宅でも、家中のすべての部屋を訪れた。ここのサンルームで立ち止まり、バーバーは完全さを示す身振りをした。エルシーは自宅で、バーバーに二人の子供、ビルとジーンを引き合わせた。
バーバーは彼女にこう言った。「私があなたのお宅に居ることは、大きな祝福なのですよ。」
エルシーは後にこう書いた。
王の王が、私たちの静かな郊外に来られ、私の家と庭をお通りになった。ファンファーレもなく、はためく旗もなかった。そうあるべきだとお望みになったのは彼だったが、バーバーのご訪問の生き生きとした記憶は決して色あせることはないだろう。私は居間をピンクの椿で飾っていた。彼のご訪問から三週間半が経っても、それらはなお生き生きと輝いていた!
この時、デニス・オブライエンがバーバーの運転手を務めており、ある時、坂を上っている最中にデニスはバーバーに霊性に関する質問をした。デニスはバーバーの正確かつ詳細な答えに聞き入るあまり、道を曲がり間違えて二マイルも遠回りしてしまった!
バーバーは概して家の中を部屋から部屋へと歩き回ったが、エルザムのケリー・クレセント九番地のオズワルドとベティ・ホール宅では、彼のために用意されたソファに腰を下ろし、家の中の温かみを味わった。バーバーは、彼らがその日干し煉瓦の家を自分たちで建てたのかと尋ねた。
オズワルドが、その通りですと答えると、バーバーはしばらく壁の高い部分をじっと見つめているように見え、それからエルチを通してこう言った。「この家を建てるのに、たくさんの愛が注がれてきましたね。」
彼は沈黙の時を求め、一分ほど経ってから手振りで伝えた。「私は今、この家を祝福しました。いつもここにお住まいください。決してこの家を売ったり、お金のために貸し出したりしないでください。」1
バーバーは長い間、オズワルドの目をじっと見つめた。オズワルドは後にその体験について詩を書き、その中でこう述べた。「あの方はひたむきに、優しく、そして長く見つめてくださった、そして私はあの愛の深みに甘美にも泳ぎ込み、自らを失うに至るまで進んで、それらこそが私自身のものだったのだと知ったのである。」
脚注
- 1.それに続く数十年の間に、ホール家の住居は他の家々に代わって、メルボルンのバーバー・グループの集会と成長の中心地となった。1991年までには、バーバーの誕生日とバーバーのご訪問記念日の祝典の通常の会場となり、後にバーバーを愛する者たちの利用のためにこの家を永続的に保持しようと信託が設立された。
