第3章: マンジル-エ-ミーム

1923年· ババ 29歳ページ 409 / 5,444

脚注

  1. 1.アハマドという名はアラビア語に由来し、「ことのほか称えられる者」あるいは「絶えず神に感謝する者」を意味する。これは預言者ムハンマドの数多い称号の一つではあるが、町の名は実のところ一四九四年に建設者アハマド・ニザーム・シャーにちなんで付けられた。
  2. 2.この一節の実際の歌詞(カリヤルのアリ・アハマド・サビールに言及するもの)は次の通りである——「サビール・ティリ・カリヤルキ・ナガリヤン!」
  3. 3.ギロリ・シャー(本名は記録されていない)は若い頃、長年船で働き、その後イングランドで女王の執事もしくは料理人として雇われた。プリンス・オブ・ウェールズがインドを巡訪した際、ギロリ・シャーは王室の随行団の一員として同行した。後にヴィンディヤ山地(マディヤ・プラデーシュ州)で一人のグルに出会った。彼は勤務中に相当の蓄えを得ていたが、ある時その大金をナルマダー川に投じた。彼を狂人と見た地方当局は彼を精神病院に収容した。彼は間もなく解放され、アフマドナガルに居を定めた。(一九二七年にルストム・イラニが書いた記事より)。
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