第30章: 1956年西洋への旅
1956年· ババ 62歳ページ 4,013 / 5,444
バーバーは答えた。「私の隠棲期間中には、お金を受け取ることも与えることもいたしません。」
マリオンが尋ねた。「もしあなた様が肉体を捨てられたら、女性マンダリの暮らしはどうなるのでしょうか?」
私はこれから五か月の隠棲の間に肉体を捨てるかもしれませんが、あなたはそれを心配なさるべきではありません。むしろ、私を愛することに心を尽くしてください。私が[最終]宣言の中で申しましたことはすべて、申し上げたとおりに実現いたします。
デーシュムク博士はかつて、私が受けることになる屈辱のことで嘆き悲しんでおりました。私は彼にこう尋ねました。「なぜあなたは、いつも私の屈辱のことばかり考えて、私の栄光のことは考えないのですか?」
あなたがたは幸せでなければなりません。あなたがたは今しがた私とバスにお乗りになりました。私はもろもろの宇宙の中心であります。
[彼は「universes(宇宙ら)」という単語のsを強調し、左の手のひらに人差し指で点と円を描いた。]
バスの中であなたがたと共におりました間も、私はあらゆる場所で働いておりました。
私がいかに苦しんでおるか、あなたがたには想像もつきません。宇宙のすべてのものが私のもとへやって参ります。同時に、私は至福を感じております。キリストは十字架の上で人間的に苦しみましたが、その至福は途切れることがありませんでした。
1957年2月15日に隠棲から出ましたら、ボンベイで大規模な大衆ダルシャンを開き、続いて大きな集会を招集することがあるかもしれません。私は西洋の女性たちの何人かを、また男性たちも呼び寄せます……この部屋におられるすべての方々を。
バーバーは彼らのうちの何人かに、自分がインドに呼んだら来るかどうかを尋ねた。全員が肯定的に答えた。
バーバーはさらに明確に述べた。「皆さんのうち何人かは、最善を尽くしても来られない場合があるかもしれません。そのときは心配なさらないでください。これからのマートル・ビーチとサンフランシスコへの旅に私と同行される皆さんは、何も心配せず、私とのサハヴァス[聖者との交わり]に与れることを喜んでください。私が肉体を捨てることなど、お考えにならないでください。」
マリオンに対して、バーバーはこう結んだ。「サンフランシスコに着きましたら、基金の残高についてあなたに指示いたします。」
それぞれの人がバーバーの抱擁を受けた後、退出していった。
バーバーの"鳩たち"(と彼が呼んだ者たち)44名が、ニューヨークからマートル・ビーチを経てカリフォルニアまで、彼と共に大陸横断の旅をすることになっていた。前に述べたように、これは、ベリル・ウィリアムズがマニ宛ての手紙の一通で「アバターと一緒に空を飛びたい」と書いたことを受けて実現したものだった。その手紙はバーバーに読み上げられ、彼は来る余裕のある者たちに許可を与えた。同行する者たちは、1956年7月24日火曜日午前6時45分にデルモニコ・ホテルに集合した。小雨がぱらついていた。フレッド・ヴィンターフェルトが全員の名前を確認し、彼らは二台のバスでニューアーク空港へ運ばれた。
