第30章: 1956年西洋への旅
1956年· ババ 62歳ページ 4,009 / 5,444
そのニュース映像は、その夜遅くにニューヨーク地区のテレビで放映された。
バーバーは面会室を出て、ニューヨークの新聞社の記者たちとの記者会見のため、隣の小さな部屋に入った。彼に取材しようと来ていたのは十二名ほどだった。アイビーはすでに彼らにバーバーの生涯と経歴について説明しておいた。エルチはいつものようにバーバーのために通訳した:
「皆さんにお会いできて、とても嬉しく思います。数分前に面会をしていた折、こちらの紳士が『バーバー、あなたの称号は何ですか?』と尋ねられました。覚えておられますか?」
記者は「はい、覚えています。」と答えた。
「インドではインドの人々は私をアバターと呼びますが、それは人間の姿の神、人間の姿で降臨した神を意味します。しかし私はすべての人に申し上げます、皆さんは皆アバターであると。なぜか?神は万人の内にいるからです。私と皆さんは一つです。それが私が皆さまに申し上げることです。インドではダルシャン(darshan) [聖者との面会]を授けるためにさまざまな場所に出向きますが、人々が私を見て私に頭を下げる時、私もその方々に — 年老いた人、らい病患者、子どもたちに — 頭を下げます。それは、唯一の実在は神であると彼らに分かっていただくためです。誰もが幸せであるべきですが、誰一人としてそうではありません。なぜか?それは無知ゆえです。神がすべての中に宿り、神があらゆることを知っていることを、人々は理解しません。ただ神の御心に委ねさえすれば、幸せの感じ方が分かりますので、彼らは幸せになれるでしょう。人は自分自身のことを考えるのではなく、他者のことを考え、他者を幸せにしようと努めるべきです。そうすれば、いかなる争いもなくなるでしょう。皆が幸せになり、すべてが調和したものとなるでしょう。
「昨日、私は次のメッセージを伝えました。すべての力、すべての知恵、すべての愛、すべての慈悲、すべての至福である神は、私たちすべての内に宿っています。私たちすべての内にはまた、無力、無知、情欲、残酷さ、苦しみといった、これらの無限の特質の反対の側面も宿っています。神を求める者は、慈悲、無私、自己を否定する放棄の心を育みます。欲望の儚き影のごとき対象を追い求める者は、利己心、貪欲、憎しみを育みます。前者は地上に平和をもたらし、後者は戦争と破壊をもたらします。卑しい欲望や不必要な渇望を捨ててください。そうすれば地上で天国を体験するでしょう。」
別の記者が尋ねた。「こちらに、あなたの沈黙に関するメッセージの抜粋が多数あります。その中で、他のものよりも一つ際立って意義深い言明はありますか?」
「一つあります」とバーバーは答えた。「私が沈黙を破る時、世界は、私が彼らの待ち望んでいたその者であることを知るでしょう。」
