第30章: 1956年西洋への旅
1956年· ババ 62歳ページ 4,007 / 5,444
再びバーバーは部屋を歩き回り、まだ言葉を交わしていない人々に挨拶するために、いくつかのテーブルで足を止めた。席に戻ったバーバーは、自分が見落とした人々は今度は抱擁または握手のために自分のテーブルへ来るようにと言った。こうして、その場にいた誰一人として、師の個人的な祝福を受け損ねることはなかった。アデル・ウォルキンに依頼された国際連合の公式写真家レオ・ローゼンタールが、これらの瞬間の多くを写真に収めた。
ある女性は、その晩餐での体験を次のように描写した:「バーバーが食堂に入って来てマンダリや帰依者たちと共にテーブルに着いた時、人は突如として人間の意識が空っぽになり、神聖な光輝で満たされるのを感じました…部屋の雰囲気は彼の神聖な愛で満たされていました。あの場にいた誰一人として、二度と完全に以前と同じではいられないと私は信じています。」
晩餐の間ずっと、アルヴァ・コイル・デニソンは自身の作曲のいくつかをピアノで演奏した。その中にはジョン・オリバーが歌うバーバーの懺悔の祈りも含まれていた。続いてデイヴィッド・ロスが『神は語る』、「バーバーの説教」、そしてメッセージ「人生の宗教」から抜粋を朗読した。1トム・マーロウがダンスの公演を行った。軽やかなひとときに、その踊り手はかつてのチャーリー・チャップリンとメアリー・ピックフォードの映画のパントマイムを演じた。
ロンシャンでのレセプションは二時間以上続いた。バーバーはほとんど食事を取らなかった。彼の皿の上の食べ物は、ちぎられたロールパン一つを除いて手つかずのままだった。
しかし退席する時、彼はこう述べた。「皆さんから受けた愛が私のごちそうでしたので、食べる必要を感じません! ケーキの上で受け取った小さなバーバーの旗を持ち帰り、私のことを思ってください。」
それからバーバーは立ち上がり、車でデルモニコへ戻った。
1956年7月23日月曜日の午前9時、バーバーは何人かの親しい愛好者を自室に呼び、こう言った。「私は何か月もの間、隠居の中に閉じ込められていましたが、今度は皆さんがこのホテルに私を閉じ込めておいでです! 外に出たいのです。」
誰かがニューヨークの観光ツアーを提案し、バーバーはこれに同意して、その場にいた全員を一緒に行くように招いた。その遠出はその日の後刻に予定された。
その後まもなく、面会が再び始まった。その日はどの日よりも混雑した一日となった。数名が、花や、彼のために手作りした衣服、キャンディや菓子といった贈り物をバーバーに持参していた。
脚注
- 1.「人生の宗教」は1948年にミルドレッド・カイルに送られ、彼女がそれを印刷して配布した。(バル・ナトゥ著『神-人の片影』(シェリアル・プレス、1984年)、第4巻、87頁参照。)
