第29章: 短いダルシャンと隠遁
1956年· ババ 62歳ページ 3,964 / 5,444
アディがキースの誠実さをバーバーに知らせると、バーバーはその青年をサタラへ連れてくるよう答え、そのようにして彼は5月18日に到着した。バーバーはキースに会って彼を抱きしめた。しばらく話をした後、バーバーは彼に、すぐにイングランドへ戻り、ロンドンにいる自分の愛する者たちと連絡を取り、7月の自分の到来を待つよう指示した。キースは去り際にエルチに言った。「私は自分の目的地に達しました。」
エルチがキルパル・シンの訪問の記録を書きあげてバーバーに読み上げた後、バーバーはそれに次のように書き加えた。
バーバーの隠遁期間中、サタラの男女マンダリは毎週金曜日に断食するよう指示されたが、朝の茶と夕食は許されていた。バーバーは1956年5月24日木曜日、水すら取らずに24時間断食を行い、29日にも再び同様の断食を行った。5月24日はその年、仏陀の生誕日として祝われていた(また、それはバーバーがアメリカで事故に遭ってから4周年に当たる日でもあった)。
その間、エルチはパスポート取得などの用務のためにアフマドナガル、プネー、ボンベイ、マハーバレーシュワルへ派遣され、25日にサタラに戻った。二日後、彼は再びマハーバレーシュワルへ送られ、そこに滞在していたゴーダヴリ・マイとアイリーン・コニビアの両人に会った。ゴーダヴリはバーバーの来たる西洋巡訪に同行したいと述べていたので、バーバーは彼女が本気かどうかを尋ねるためにエルチを送ったのだった。もし本気なのであれば、バーバーはマンダリにこのために必要な手配を全て行うよう命じるつもりだった。エルチが彼女に会うと、彼女は今回はもう遅すぎると言った。バーバーに同行したいのは確かだが、何もかもをあまりにも急いで手配しなければならないため、今回は無理だと彼女は言った。バーバーがアメリカから戻ったら彼女に会うという伝言を携えて、アディが遣わされた。
1956年6月1日金曜日の朝、バーバーはカイコバードと作業をし、ベランダでいつもの速足の散歩をした後、ラノか他のマンダリの一人に新聞を読み上げてもらうのを聞いた。
アイリーン・コニビアは4日にサタラへ戻り、クーパー夫人のバンガローに滞在した。彼女は以前にも来ていたが、二日後に去っていた。今回は長期滞在のためにやって来ていて、バーバーは時折彼女に会った。ラノは毎日彼女を訪ねて話し相手になるよう命じられ、アイリーンも時折グラフトンへ呼ばれてメヘラとマニに会った。
