第29章: 短いダルシャンと隠遁
1956年· ババ 62歳ページ 3,905 / 5,444
バーバーは1956年にアメリカを訪れる計画も立てていた。
12月20日、彼はマートル・ビーチのエリザベス・パターソンに次のように電報を打った。「私は来年の半ばに必ず西方へ参ります。アメリカの皆に知らせてください。」
30日、バーバーはエリザベスに改めて次のような電報を送った。
バーバーは、あなたがこのことを知り、そしていつものように皆にも、彼が来る夏に西方へ赴くことを伝えてくれるよう望んでおります。今回は女性は誰も同行いたしません。彼は男性三人を伴い、特別ではありますが短期間の訪問となります。途上、バーバーはイギリスに二日間立ち寄るつもりです。(ヨーロッパは訪れません。)彼はニューヨークで四日、マートル・ビーチで四日、そしてカリフォルニアで七日を過ごし、そのうち北カリフォルニア[アイヴィ・ドゥースの所]で約三日、南カリフォルニア[ルース・ホワイトの所]で約三日を過ごします。これが計画の要点です。詳細は後ほど。
ドン・スティーブンスは、バーバーがアメリカ滞在の全期間を通じて彼に同伴してほしいと望んでいると伝えられた。ドンは、バーバーが宗教学のクラスの大学生たちと会うのはどうかと提案した。
バーバーは(マニを通じて)こう答えた。「誰が、また何人が私に会いに来ようと構いません。しかし私は主に、私の身近で愛しい者たちにサハヴァスを与えるために行くのです。彼らの愛がもう一度、私をアメリカの地へと引き寄せるのです。」
12月26日、バーバーは届いていた『神は語る (God Speaks)』を持ってこさせ、そのうちの何冊かをマンダリに分け与えた——署名入りはメヘラ、マニ、エルチに、署名なしの一冊はラノに、もう一冊は他の男女マンダリで共に読むようにと渡した。ただしバーバーは、1月8日より前にはそれを読まないようにと言った。この本は初版として5,000部が印刷されていた。
26日、ニルは一か月の滞在のためボンベイへ発った。ジャルバイ、ベヘラム、アディ・ジュニアが30日の朝にバーバーに会い、マジェティ・ラママハン・ラオ、チンタ・サルワラオ、カナカダンディ博士が1月1日にバーバーに会った。
1956年1月3日火曜日、バーバーはエルチ、クマール、ラムジューを伴ってサタラを発ち、メヘラザードへ向かった。アフマドナガルのアディの事務所で働いていた若者ワマン・パダレが、アディのシボレーを駆ってアフマドナガルから派遣されていた。彼とバーバーが前の座席に座り、他の三人は後部座席に座った。ワマンはバーバーから煙草を吸わないよう命じられていたが、アフマドナガル大学に通っているあいだ、友人の一人に試しに吸ってみるよう勧められていた。車中で、ワマンが命を破ったと知ったバーバーは、その話題を持ち出し、ラムジューの朗々とした声を借りておよそ六マイルにわたって彼を叱責した。ワマンの頬には、運転をしながら涙が流れ落ちた。
それからバーバーはラムジューに煙草を一本くれるよう求めた。ラムジューはバーバーに自分のチャールミナール(インドの銘柄)を一本手渡した。バーバーは自ら火を点けて口にくわえ、何度かふかしてからそれをワマンに渡した。
「最後まで吸ってください」と、彼は身振りで示した。
