第28章: 1955年メヘラバード・サハヴァス
1955年· ババ 61歳ページ 3,827 / 5,444
この「私」は一歩ごとに大きくなり、その増大の現れは、彼がますます多くを欲しがるという形を取ります。この「私」は絶えず大きくなっています。霊的な道で進歩した人々も、その自我は大きくなっています。「私」はますます高められ、ますます強く自己主張します。「私は人々を祝福したい、子どもを授けたい」などです。こうして「私」は続いていきます。
しかし、この「私」はどこから来たのでしょうか。エルチが生まれた時、彼には意識がなく、何も知りませんでした。しかし彼が生まれるやいなや、彼の中の「私」は母の乳を求めて泣き始めました。「私は乳が欲しい。」エルチが生まれたその時から、この「私」は直接的にも間接的にも自己主張し、日がたつにつれてこの「私」は成長します。いったん始まると、それは日ごとに強くなっていきます。しかしこの「私」に絡め取られているため、エルチは自分がどこから来たのか、なぜ来たのか、どこへ行かなければならないのかを、決して自問しません!
この「私」の根はどこにあるのでしょうか。本来、超越の彼方には何もありませんでした。このことは『神は語る』に説明されています。突然、「私は自分が誰であるかを知りたい」というラハル [衝動] が起こりました。その本来の「私」が、この偽りの「私」すなわち自我の根であり、それ以来、それが本来の「私は神である」という状態に意識的に溶け込むまで、延々と続いていきます。すべては『神は語る』の中で、初めから終わりまで説明されています。
永遠には始まりも終わりもありません。しかしこの「私」は、神の超越の彼方の状態における気まぐれによって生じ、意識的にその本来の状態を得ないかぎり活動し続けます。したがって、人が神を実現していないかぎり、人々の前で神性を装うことは第一級の偽善です。
これまで私たちは見せかけについて話してきました。今度は奇跡について話しましょう。これは、私を愛し、私のやり方を知りたい人々にとって、きわめて重要です。私は東洋と西洋、そして世界の他の地域から、私があの奇跡、この奇跡を行ったという手紙を受け取ります。しかし私は以前にも宣言し、グジャラート語とテルグ語のグループにも話しました。私があなた方の中に来て以来、私はただ一つの奇跡も行っていません。そして私が沈黙を破る時、それが私の最初で最後の奇跡となるでしょう。
