第3章: マンジル-エ-ミーム
1923年· ババ 29歳ページ 378 / 5,444
ガニーは、バーバーが何か論評や説明を加えてくれるのを期待して、ガザルからペルシア語やウルドゥー語の対句をわざと引用することがあった。1月29日の夜、師が話したい気分でいるのを見て取ったガニーは、次の対句を吟じた。
愛は愛しいお方の胸から生まれる。
灯が燃えなければ、いかにして蛾はそれを慕って狂うことができようか。
バーバーは「餌に食いつき」、ガニーにこう説明した。
愛する者と愛しいお方が存在し、その両者を結ぶつなぎが愛である、と想定されています。神は普遍的な愛そのものでありますが、議論のために、神がまずは苦しみを通してタリブ〔求道者〕を愛し始め、引き寄せ始めるのだ、と認めることに致しましょう。その求道者は、神からのそうした働きかけの真の意味が分からず、抗議し、抵抗し始めます。そうなると、ひとまず事態は和らぎ、そして再び、引き寄せられるべきその者に向けて、一つの引きが働きかけられます。しかし、求道者の胸に十分な愛が燃え上がり、それが神に見えたいという願いとして表れた瞬間、愛しい方は無関心になります。このようにして、引きつけと突き放しの戯れは定まらぬ期間続きますが、最終的には神との合一へと至ります。ハーフィズが次のように歌ったのは、まさにこのことを説いているのです。
「一筋の髪の一方の端は私の手に、もう一方は〈友〉の御手にあり。
我らの綱引きはもう幾年も続いている。」
あなた方が私に対して抱く愛の度合いがどれほどであっても、ときにはそれと同じだけの度合いで、あなた方は私を憎みもするでしょう。この憎しみあるいは反発は、私が内面の愛によってあなた方を私の方へ引き寄せようとするときに、あなた方が示す抵抗なのです。やがて時が経つにつれて、あなた方も同じ強さで私の愛に応え始めるでしょう。そうなると私の愛の力は緩み、そのとき私は無関心になります。
師は、自身のサークルに属するすべての者に対して愛を抱いています。ババジャンとマハラジを通じて私のもとに届いたこの神聖な愛の宝は、しかるべき時に、それぞれの結びつき・奉仕・苦しみに応じて、私のサークルの者たちと、そして他の人々にも分け与えられることになります。あなた方に覚えておいていただきたい秘儀的な事実とは、彼が愛する者を実現させたいと望む熱意と切望は、その合一を求める愛する者の不安や憧れにもまさるということです。
夜九時から深夜十二時まではガニーかラムジューのいずれかがバーバーのそばにおり、深夜十二時から午前四時まではアスパンディアールが見張りに立った。昼間は仕事をしなければならず、睡眠は数時間しか取れなかったため、アスパンディアールはときに瞼を垂れさせることがあった。
