第3章: マンジル-エ-ミーム
1923年· ババ 29歳ページ 377 / 5,444
アブドゥルは言った。「それは、私が昨夜見たのとまさに同じ夢です!」
1月15日、師はカク・サヘブとガニーに、男たちの心にいま広がっている憂鬱について説明しようと申し出た。
この〈道〉においては、通常、三つの段階を通り抜けねばなりません。第一の段階は、神について知り、神を体験したいという強い関心と烈しい憧れから成り立っており、明るい希望と心地よい期待を生み出します。次に、嫌悪・落胆・無気力、そしてそこから生じる苦しみの第二段階がやって来ます。第三にして最後の段階は、神を悟ることの段階であります。現在、マンダリの全員が第二の段階にあり、この段階はかなり長く続きます。これは避けられないことですから、辛抱して、明るくこれを通り抜けるよう努めてください。いかなる理由があろうとも、私のもとを離れないでください。
1923年1月16日の夕方、アフメド・カーンは裏庭でマンダリの行進を指揮していた。アフメドはかつて軍隊にいたことがあり、きびきびとした軍隊式に「左向け左、ハット!右向け右、ホー!」と号令を発していた。行進は約一時間続き、アフメドは皆を新兵さながらに汗だくにさせた。
その後、バーバーはこの厳しい運動の理由を明かしてこう仰った。「今日はカカジの娘の誕生日で、彼は我々に豊かな食事を大量に贈ってくれました。食欲を起こし、そのような食事を消化するためには、運動が必要なのです。」
バーバーが二十四時間に一度だけ——しかもごく少量しか——食物と水を取るという日課は、一月に入っても続いた。また生の刻み煙草を求め、空腹のまま昼夜を問わずそれを噛み続けた。夕方になると、何杯ものバケツの湯を使って熱い風呂を浴びるのを常とした。夜間はガニーとグスタジが彼のそばに付き添っており、二人とも、彼が絶えず寝返りを打ち、ほとんど眠っていないと述べた。そうした尋常ならざる様子にもかかわらず、バーバーはマンジルにいる誰よりも活動的で機敏であり、常に建物全体を監督し続けた。
マンダリはカク・サヘブの車のために福引券を売っており、その抽選は1月28日にマンジルで行われた。「幸運な当選者」は、マヒム(ボンベイの一地区)出身のバジャン歌い手の一人、サッチターナンダという名のヒンドゥー教徒であった。
夜にガニーが師と二人きりになると、しばしば話題を霊的な事柄へと向けようと試み、またバーバーの機嫌が良いと見れば質問を投げかけて、霊性についての説明をバーバーから引き出そうとした。
