第3章: マンジル-エ-ミーム
1923年· ババ 29歳ページ 375 / 5,444
人々の差し出した敬意に応えて、マハラジご自身も群衆にサシュタン・ナマスカール〔グルの前にひれ伏すこと〕をなさり、それから真っ直ぐに私の家へと入って行かれた。
家の中には、私の家族の女たち以外には誰もいなかった。彼女たちは敬意をこめてマハラジの手に口づけた。彼は床に直に腰を下ろし、真剣な口調で彼女たちに告げた。「私はこの者たちと、ある事について話をしに来たのだ。」彼が指したのはマンジルにいる我々のことだったが、その場に居合わせたマンダリは私一人だけだった。「彼らは物事を解しもせず、何もかもを取り違える!命令に敢然と立ち向かうのではなく、そこから逃れんとして、抜け穴を探そうとしているのだ。」
それから彼は私に向かって告げた。「お前はこんなことも分からぬ子供か?お前は鶏の糞でも食らうのか?入浴だけは欠かすな。」
ガニーはこの時点で目を覚まし、心の苦しみが消え去っていることに気づいて、嬉しく安堵した。これらの夢をバーバーに語った後、ガニーはその内容を掲示板に貼り出した。マンダリの夢を記録するための帳簿が大広間に置かれており、バーバーは時折、誰かにそこから読み上げるよう求めた。
1923年1月3日、バーバーはマンダリ全員を二階のご自分の部屋に呼び、こう仰った。「何とかして、毎晩1〜2時間を割き、マンジルの家事に関わる事柄を話し合い、それから少しの時間を娯楽に当てることに致しましょう。」
全員がこれに同意し、夜の集まりのためにいくつかの規則が定められた。長い議論の末、この集まりは「グッタ」——すなわち「酒場」を意味する——と名付けられた。
各々は自分の意見を述べ、議題ごとに独立して投票することが認められた。ガニーが書記に選出されて議事の記録を取り、バーバーが議長を務めた。全員が他人の意見にとらわれず、また恐れることなく、自由に提案を行うことができ、議題については各自独立に投票することとされた。一人が話し終われば次の者が続くが、それは議長の許可を得てからのみであった。それ以外には誰も発言を許されなかった——騒乱と無秩序の支配する通常の酒場と化してしまわぬように。各々は発言する前に手を挙げねばならず、こうして導師はマンジル内に公式な自治機関を設けたのである。
ベイリーはグッタを次のように描写した。
グッタではあらゆる種類の議論が行われた。誰かが何かを語りたいと思ったとき——重要なことであれ些細なことであれ、世俗のことであれ霊的なことであれ、身内に関わることであれ他人に関わることであれ——あらゆる事柄が、ためらいや羞恥や恐れを抱くことなく、公然と、自由に、率直に語られた。
