第26章: 驚くべき3週間
1954年· ババ 60歳ページ 3,639 / 5,444
宇宙は私のアーシュラムであり、あらゆる胸は私の家です。しかし、私以外のすべてが生きることをやめたその胸の中にのみ、私は顕現します。
愛の私の宇宙宗教が取るに足りないものへと消え入りそうになるとき、私はそれに生命を吹き込み、宗教の名のもとにそれを汚す教条という茶番を取り除き、儀式や典礼でそれを窒息させるものを一掃するために来ます。
現在の宇宙的な混乱と不安は、人間の胸を、権力へのより大きな欲望と、富と名声への貪欲で満たし、その結果として言い尽くせぬ悲惨、憎しみ、嫉妬、挫折、そして恐れをもたらしました。世界の苦しみは頂点に達しています。永続する幸福をもたらすために平和と繁栄を広めようとあれほど努めているにもかかわらず、そうなのです。
人が永続する幸福をかいま見るためには、まず、万物の中にある神はすべてを知っていること、万物を通して作用し反作用するのは神のみであること、そして神は無数の生きとし生けるものと無生物の姿をとって、苦しみと幸福の数えきれないほど多様な現象を経験していることを悟らなければなりません。したがって、人間経験における苦しみを頂点にまで高めたのは神であり、この幻想の苦しみを消し去り、この幻想の幸福を頂点へともたらすのも、ただ神のみです。
それが創造として顕れるにせよ、実在の一体性へと消え去るにせよ、存在し真実であるものとして経験されるにせよ、虚偽で無存在であると知覚されるにせよ、終始、幻想は幻想です。想像に終わりがないのと同じように、それにも終わりはありません。
幻想の中で経験される相には二つあります。多性と一体性です。多性が多性を増殖させる一方で、一体性は自らをますます拡大していきます。多性は、幻想がそれによって栄える幻想の「宗教」です。
時の幻想的な始まりにおいては、今日あるような幻想の混乱状態は存在しませんでした。意識の進化が始まったとき、幻想の中に多様性があったにもかかわらず、一体性がありました。意識の成長とともに、多性もまた増え続け、今やその限界を越えようとしています。頂点に達した波が自ら崩れるように、この多性の高さもそれ自体を解体し、幻想の中で一体性の始まりをもたらします。頂点に達した苦しみが、幻想におけるこの多性の極点を破壊する原因となります。
