第26章: 驚くべき3週間
1954年· ババ 60歳ページ 3,585 / 5,444
バーバーはラッドの最初のサーブを見事に打ち返した。それに応じて、ラッドは次の球を力いっぱい打ち込んだ。またもや、バーバーは相手に返しようのない球を打ち返した。
そしてバーバーは文字盤の上に綴ってこう告げた。「アメリカでの事故以来、バーバーはもう卓球をそれほど上手にはできないのです。」
それからバーバーは集会の準備の進み具合を見るために、下メヘラバードへ歩いて下りていった。大きな宿泊用テントが立てられつつあり、別棟の集会用パンダル、食堂テント、便所、浴室なども設けられており、宿泊用テント内には千台の簡易寝台も用意されていた。大工たちは竹のチャールパーイ(簡易寝台)を作るのに忙しく、バウは一つひとつに座って試していた。試している最中に壊れるものもあり、バウはどすんと尻もちをついて地面に落ちるのだが、それはジャングルの幼い二人の息子に大いなる楽しみを与えた。バーバーもそのことを聞いて楽しんだ。
クリシュナジは、バウが自分の紅茶に砂糖を少ししか入れていないとバーバーに不平を述べた。叱責を受けると、バウはこう言った。「それは本当ではありません、バーバー。私は彼の紅茶を作ってもいないのに、どうして砂糖を少なく入れられましょうか?」
クリシュナジは不平を述べた。「バウには私が偽りの言葉を口にしたなどと言う権利はありません。彼は私に反論してはならず、私を敬うべきです!」
バーバーはバウを叱責し、こう告げた。「クリシュナジを敬いなさい。」
クリシュナジはこの言葉に喜び、毎日バウに嫌がらせをし始めたが、その結果はのちに明らかになる。バーバーはクリシュナジを通じて、バウに寛容の教えを授けていた。マンダリの一人ひとりは、このようなさまざまな体験を通り抜けねばならなかった。こうしたやり方の妥当性に疑問を抱く者もいるかもしれないが、真実は、バーバーがなさることはすべて「妥当」であるということだ。そう思わない者こそが、自身に欠けるところがあるのだ。
メヘラバードでの活動を見届けた後、バーバーはメヘラザードへ向けて発った。
翌日の1954年9月19日日曜日、メヘラバードへ向かう途中で一つの出来事が起こった。ヌッセルワンの友人ルクトゥケ・ママは、アディの手違いから、来たるメヘラバードでの集会についての回覧の写しを受け取れず、心を痛めていた。彼は一晩じゅう眠れず、午前三時に四十二歳の妻カムラバイにこう言った。「準備が進められているメヘラバードへ、遠方から人々がやって来る。ペンドゥは毎日あれほど多くの買い物をしている。だがバーバーは私のことを忘れてしまったのだ。」
「どうしてあなたはバーバー、バーバー、バーバーとばかり言い続けるのです?」と妻はとがめた。「メヘル・バーバーは金持ちのためだけのお方です!貧しい者たちに対して、彼にどんな愛がありましょう?もしあなたのことを気にかけてくださっていたなら、彼の集会に招かれていたはずではありませんか。」
