第26章: 驚くべき3週間
1954年· ババ 60歳ページ 3,527 / 5,444
かつて自身が述べていたとおり、マハバレシュワルに戻るとバーバーは1954年5月末まで「いかなる主題に関するものであれ」すべての書簡を中止した。
その間、バーバーはデーラドゥンからイサを呼び寄せた。彼は早熟でありながら、とんでもなく要求の多い清掃人の息子だった。バーバーは彼を王子のように扱うよう命じ、バウとクリシュナがその付き添い役を務めることになった。彼らは彼の食事を運んでテーブルに置き、皿を片づけ、ベッドを整え、おおむね彼が要求することは何でもしなければならなかった。イサを喜ばせ、「花のようにやさしく扱う」べしというのがバーバーの命令だった。
自分たちの食事のために、マンダリは毎日シャハストラブデーの食堂までとぼとぼと歩いて行かねばならず、いつも混乱が生じた。バウはまずイサに食事をさせないと出かけられなかったからである。その少年のための食事は女性たちの台所から運ばれてきた。しかし、それがテーブルの上に出されると、イサは興味なさそうに見え、なかなか平らげようとしなかった。あるときバウは彼に言った。「イサ、頼むからご飯を食べてくれ。私は他の男たちと一緒に遠くのホテルまで食事に行かなくてはならないんだ。」
これに対しイサは鋭くこう答えた。「あなたはバーバーのもとへ食べに来たのですか、それとも従いに来たのですか?」
バウはこれに答える言葉がなかった。イサが言ったことは真実だった。その十代の少年は、特定の男性マンダリに忍耐の教訓を植えつけるために特別に呼び寄せられたのだった。
ある日バウは彼に尋ねた。「イサ、ここで働き口は見つかったのか、それともまだか?」
「仕事があなたに何の関係があるのですか?」と彼はかみついた。「私を清掃人と勘違いしないでください。私はあなたとあなたの先祖たちまで雇うことができますよ!そして覚えておいてください。あなたの命運は私の手の中にあるのです!私がバーバーにひと言申し上げれば、あなたは終わりです!」
そういうわけで、イサに接するときは慎重でなければならなかった。彼はバーバーから甘やかされ、望むものは何でも与えられ、最上の衣装をまとわされた——彼を機嫌よくさせるためなら何でもされたのである。
二週間後の1954年3月19日金曜日、メヘラ、マニ、メフルを伴い、バーバーはナリマンの車で運転手とともにマハバレシュワルを発った。エルチ、ラノ、ゴヘル、ナジャはアディ・シニアの車に同乗した。バーバーはサコリへ向かう途中で、そこではイェシュワント・ラオが新たに建てた住居の入居式を執り行うことに同意していた。彼らはまずプーナのビンドラ・ハウスに立ち寄った。その後バーバーはアディ・シニア、メヘルジー、ナリマン、エルチとともにアフマドナガルへ移動し、戻るまで女性たちはプーナにナリマンの車とともに残された。
