第3章: マンジル-エ-ミーム
1922年· ババ 28歳ページ 352 / 5,444
地上のあらゆる快楽と苦痛がそうなのです。
性交は世におけるもっとも高度な感覚的快楽ですが、それがどれほど続くでしょうか。わずか数分です。世俗の快楽の最高峰であるこれを、永遠なる神聖な至福の真の幸福と比べてみれば、それは永遠の至福の無限の大海から落ちた一滴の影に過ぎません。ひとたび実現されれば、その至福は永遠に毎瞬感じられ、味わわれるのです!この比較から、あなた方は世とその快楽の空虚さを思い描くことができます。
夕方、バーバーはハーフィズのガザルの一節をペルシア語で歌い、それを男たちに説明した。彼はすばらしい気分で、その日は木曜日——グルの日——だったので、ウパスニ・マハラジのアールティが歌われた。その後、何ヶ月ぶりかで初めて、男たちはバーバーの足元にひれ伏し、ダルシャンを受けることが許された。
十月十三日午前十時三十分、バーバーは沈んだ表情をしていたアディとガニを呼び寄せた。
彼は二人に「心では自由で幸せでいてください」と告げた。
それから彼は自身の意図するところを説明した。
原因のあるとおりに結果はあります。原因は大きく重要であることもあれば、小さく取るに足らないこともありますが、結果は必ずそれに即したものとなります。この世の悲哀は想像上のものであり、私たち自身の無知が自らつくり出した結果です。原因を持たないがゆえに、それらは正当化することができません。理由も原因もなければ、その結果が非実在で、実体がなく、意味のないものであることは自然に導かれます。
ですから、想像のほかに何の原因も持たないこの世の幸福や悲惨について、なぜ思い煩うのですか?ただ心を自由で幸せに保ちつつ、周りに起こる物事を受身の観察者として眺め続けてください。ハーフィズが言うように。
世の喜びも悲しみも、共に過ぎ去る。
ゆえに終始平穏でいるほうがよい。
一九二二年十月十四日土曜日の早朝四時四十五分、男たちが祈りを捧げるために食堂に集まっていたとき、師は誰か昨夜夢を見た者はいるかと尋ねた。ガニは言った。「ベンディ・バザール(ボンベイの一地区)の大通りの路地で、私が汚れた黄土色の衣をまとって座っているという夢を見ました。私の友人や親戚が通りかかり、私がサドゥーのように見えるのを見て、『あれはヌル・バザールの有名な医者だ』と言いました。」
