第25章: ハミルプールとアンドラでの大規模ダルシャン
1954年· ババ 60歳ページ 3,489 / 5,444
のちにバーバーは追従者たちにこう説明した。
私の信奉者の中の幾人かが、その熱心さと情熱によって、私のことを最も高い言葉で語るとき、私たちが彼らを励ますのは自然なことです。けれども、その後その情熱が冷めて私のことを最も卑しい言葉で語るようになったとしても、その時には彼らを励ますことはなくとも、少なくとも彼らを抑えたり、煩わせたり、感じていることを口に出させまいとしてはなりません。
大切なのは世間が私たちをどう思うかではなく、神が私たちのことをどう知っているかなのです。私たちがすべての利己的な傾向や欲望から脱がされ、また私たちの魂が本来の裸の状態に達するのでなければ、その無限性のなかに永遠に裸でいる愛しき主なる神を抱くことはできません。
ダルシャンが始まり、人々はバーバーに花輪を捧げ始めた。エルチとサストリは拡声器でこう伝えた。「バーバーに花輪を捧げることに時間を費やさないでください。それは重要ではありません。バーバーの愛のプラサードを受け取ることこそ最も大切です。彼に花輪を掛けるのではなく、彼からプラサードを受け取ってください。」
バーバーは手早くプラサードを配り、その日の午前11時にプログラムは終了した。約2千人が来ており、さらに多くの人々が列を作って待っていたが、バーバーは中断して、自身のラヴァーたちのうち数軒の家を訪ねに行った。
バーバーはまずコドゥリの家へ行った。彼は家族と会い、敬虔なラヴァーであった妻と、息子のプラサードに会ったが、バーバーはプラサードを抱きしめた。バーバーのコッヴル来訪を記念して、コドゥリは到着の一週間前から貧しい人々に食事を施しており、ほぼ15,000人がその無料の食事の恩恵を受けた。
そのあとバーバーはパッパ・ラオ、アラ・サティラジュ、そしてタヤランマ夫人の家を訪れた。パッパ・ラオは小屋に住む貧しい男であった。招かれもしないのに、バーバーは彼の住まいへ入って行き、その男は喜びと驚きのあまり我を忘れた。生けるキリストが彼のあばら家を聖なるものにしていたのである。バーバーはまた、コドゥリの運転手バピラジュ・ボギの家にも不意に訪問した。
バーバーが行く先々で、彼はその土地に長年住んでいる住人のように見えた。彼は各家で部屋から部屋へと移り歩き、まるで自分が家主であるかのように寛いでいた。
