第25章: ハミルプールとアンドラでの大規模ダルシャン
1954年· ババ 60歳ページ 3,486 / 5,444
バーバーはニダダヴォーレへ向け出発し、午後4時15分に到着した。クトゥンバ・サストリとマリカルジュナ・ラオはその夕方ダルシャンの集いを準備しており、そこには5千人近くが集まった。いつものように、バーバーのアールティが行われ、花輪が捧げられ、ヴィジャヤワダで彼が与えたメッセージが朗読された。以下は、その時に与えられた「解脱」に関するもう一つのメッセージである。
神は永遠に自由です。神を実現することは、幻影の束縛から解脱を得ることです。解脱を得ようとする争いが大きくなり、闘いが激しくなるほど、幻影の足枷はいっそう強く感じられます。なぜならその行為そのものが幻影への意識をさらに高め、それを一層強く印象的で現実的なものにするからです。善であれ悪であれ、正しかろうと不正であろうと、慈悲深かろうとそうでなかろうと、すべての行為は幻影の束縛をより堅固で緊密なものにする原因となります。
目標は完全な無為を成し遂げることであり、それは単なる非活動を意味するものではありません。自我が不在のとき、人は自身のあらゆる行為のなかで無為を成し遂げます。たとえ過度であっても、カルマ・ヨーガやジナーン・ヨーガ、その他のヨーガは、激しい活動のただ中で無為を実践することによって、すべての行為の終わりに至る手段となり得ます。
しかし、絶対的な無為の人生を生きる唯一の道は、完全なる導師に完全に明け渡すことであり、それによって自分自身に完全に死に、ただ完全なる導師のためだけに生きて、愛しいお方の命に従って行動し、それを成し遂げることなのです。
皆さまに私の祝福を送ります。
ダルシャンの後、バーバーはクトゥンバ・サストリとマリカルジュナ・ラオの家、そしてアンドラ・メヘル・センターを訪れた。自宅で一人の女性を紹介しながら、サストリはバーバーに言った。「この女性は夫に去られました。とても不幸な人です。」
それに対してバーバーは言い返した。「なぜ最も不幸だなどとおっしゃるのですか。この方は神が自身の前に直接立っているのを見ているのですから、最も恵まれた者です。ずっとずっと長き齢を重ねて私のダルシャンを焦がれ求めるリシ[聖仙]やムニ[聖賢]たちよりも恵まれているのです。」
その女性に向かって、バーバーは言った。「私のことを思い、心配しないでください。」
ニダダヴォーレを後にしたバーバーは、その夜8時にコッヴルに到着した。彼はまず弁護士のパラコデティ・ラマリンゲシュワラ・ラオの家へ向かったが、その隣には天幕が張られており、多くの人々が彼を待っていた。バーバーは天幕の下へ進み、ライオンの皮の上に置かれた椅子に座った。
弁護士は家族と友人たちをバーバーに紹介したかったが、何も言い出せないうちに、バーバーは自分が過ごした忙しい一日について話し始め、最後にこう締めくくった。「私はあなたが私を休ませてくれるはずだと思っていましたが、ここではまったく違う雰囲気のようですね。」
