第25章: ハミルプールとアンドラでの大規模ダルシャン
1954年· ババ 60歳ページ 3,473 / 5,444
エルルでは少なくとも六十軒の家が訪問され、加えていくつかの学校、別のサイ・ババ寺院、神智学高校、ヴェンカタラム印刷所のようにバーバーの愛慕者(ラヴァー)が所有または運営する種々の事業所も訪ねられた。バーバーは多くの家を事前の通知なしに訪れた。住民たちはバーバーの突然の登場に驚き、ある者は名高い客のために椅子を取りに駆け出し、別の者は急いで花や花輪を取り寄せに行った。バーバーはその騒ぎぶりをすべて楽しんだ。
キシャン・シンはその慌ただしい一日を次のように描写している。
バーバーは天空の稲妻のごとく地上で働かれた。あちらからこちらへと急ぎ足で素早く移られ……家を訪ねたときに愛慕者たちから紹介されるそれぞれの家族や親類のすべてに愛を表され、その何人かを抱きしめ、特別なプラサードを与え、家族写真のために並ばれ、所によってはココナッツ水や他の冷たい飲み物を少し口にされたうえで残りを愛慕者やその家族に飲ませる、というふうに振る舞われた。バーバーが訪れたほとんどすべての場所でアールティが執り行われた。花、金糸、樟脳の珠で作られたものなど、ありとあらゆる種類の花輪が次々と彼の首にかけられた。バーバーが今回をアンドラへの最後の訪問だと述べておられたため、行程の速度はいっそう速まった。
バーバーの師であるシルディのサイ・ババはインド全土で名高い。サイ・ババの写真がK・N・チョウダリーの家の一室に掛けられていた。
それを指し示しながら、バーバーは述べた。「あの方の眼は比類なきものでした。世にあのような眼を持つ者はおりません。」
のちに十一時、サイ・ババ寺院でバーバーはサイ・ババの肖像を指し示してこう述べた。「ある意味では、五人の完全なる導師がこの私を、すなわち太古の方を、今あるがままの姿にしたのです。あの方は私の祖父にあたります。」
二十分後、バーバーは別のサイ・ババ寺院に入り、サイ・ババの写真に向かって合掌し、こう述べた。「真の愛があるとすれば、それはここにあります。あの方は遍在し、私もまた遍在しております。」
その後バーバーはさまざまな家庭の家を訪問した。
ヴェンカタ・ラオとその家族にプラサードを与えたのち、バーバーは述べた。「私が乞われずに何かを与えるとき、それこそが真に与えられたものなのです。」
スブラマニャム・シャストリの家では、一つの愉快な出来事があった。バーバーはシャストリに子どもが何人いるかを尋ね、一人ひとり紹介するように言った。子は七人いた。シャストリが四人目の子を紹介する途中で記憶があやふやになると、皆がどっと笑い出した。シャストリはバーバーの御前にいる喜びがあまりに大きく、残りの子どもたちの名前を思い出せず、結局妻に尋ねるほかなかった。
