第25章: ハミルプールとアンドラでの大規模ダルシャン
1954年· ババ 60歳ページ 3,440 / 5,444
翌日、バーバーはガヤー・プラサードの過ちを叱責したものの、これを赦して言った。「新生活の間にあなたが私に尽くしてくれた奉仕を思えば、私はあなたを赦します。さもなければ、決して赦すことはなかったでしょう!」
それからバーバーはクマールに、マンダリとハミルプールの働き手たちを外の開けた場所に一列に並ばせるよう命じた。
バーバーはダラムシャーラー[巡礼宿]から出てきて、列に並ぶ者たちに次のように番号を読み上げるよう指示した——「私は馬鹿の一号です……私は馬鹿の二号です……私は馬鹿の三号です」と、こうして「馬鹿の八十号!」に至るまで続いた。
最後にバーバーは冗談めかして言った。「昨夜、私は80人の馬鹿たちと一緒に寝なければならなかったのですから、私の状態がどんなだったか想像できるでしょう——よくはないに決まっています!」
しかしその叱責のなかにも、愛と上機嫌さがあった。というのも、年月が重なるなかで、その日列に並んだ者たちはのちの彼との文通において、自分が当時付けられた番号にちなんで「馬鹿五号」などと手紙に署名するようになったからである。
ハルジワン・ラールは6日にラトに到着し、一行に加わった。その日の午後1時35分、バーバーはブラフマナンド・インター・カレッジで大学生の一群にダルシャンを与えた。
彼はこう述べた。「皆さんの間にいられて、私はとても幸せに感じます。とりわけスワミジ[このカレッジの創設者であるスワミ・ブラフマナンド]にお会いできて嬉しく思います。スワミジはこれまでも、そして今も皆さんのために多くのことをしてこられました。なぜなら、これもまた神聖な愛の一面だからです。皆さん全員に私の愛と祝福を捧げます。」
スワミ・ブラフマナンドはバーバーから演壇に上がるよう求められたが、彼は地面に座る方を望んだ。間もなくバーバーもまた演壇を降り、ベランダの階段に腰を下ろした。
ブラフマナンドはバーバーに茶を飲むよう願ったが、バーバーはこう述べた。「ここにいる皆さんを見て、私の胸はすでにいっぱいです。胸がいっぱいであるのに、茶など何の必要がありましょうか。」
しかし後になって、校長の重ねての願いに応えて、バーバーとマンダリは茶と軽食をとった。
校長は大学の「マスター(教師)」の一人をバーバーに紹介し、バーバーは洒落を言った。「私もマスターたちと縁があります。私自身もまたその一人ですから。」
その日の午後遅く、ラトで公開のダルシャンが行われた。このメッセージは午後3時5分にバーバーによって口述された——
