第25章: ハミルプールとアンドラでの大規模ダルシャン
1954年· ババ 60歳ページ 3,431 / 5,444
ケシャヴはバーバーの到着に先立ち、その地域のすべての村にバーバーの名と教えを広めようと懸命に働いてきており、人々はバーバーのダルシャンを切に待ち望んでいた。
ラグラジ・シンとその家族は、このときバーバーに初めて会った。彼は王家の出でありながら、質素な暮らしを送っていた。高い社会的地位にもかかわらず、内面においても彼は飾り気のない、純朴な人物であった。彼はメヘル・バーバーへの深い愛を抱いており、その後アバターの大義に大きな助力となることが明らかになった。
バーバーと一行が数時間の休息をとった後、その日の朝早くからダルシャンが始まり、バーバーは数百人にプラサードを手渡した。午前六時、オーライに集まった群衆に向けて「胸の言葉」と題するこのメッセージが伝えられた。
神は舌の言葉や心(マインド)の言葉に耳を傾けませんが、胸の言葉には応えます。胸の言葉とは、愛しいお方への愛の歌であります。
胸が愛しいお方との合一を求めて泣き、心(マインド)が離別の痛みに苦しむとき、愛しいお方の応えは「一なるもの」への最後の抱擁であります。
これは、神を愛するためには、神を常に現前させ、神から決して離れてはならないということを意味します。これは、あらゆる務めを果たし、あらゆる行いをなし、あらゆる思いを抱き、あらゆる言葉を口にしている間も、私たちは常に神を憶念し、すべての人とすべてのものの背景として神を覚えていなければならないということを意味します。これは、善きことであれ悪しきことであれ、ほんの小さな事柄の一つひとつにおいても、私たちは神を覚えていなければならず、そうすればすべての責任は神に帰すということを意味します。
バーバーはその朝、オーライを発って十五マイル先の村、イチュアラへ向かう予定であった。その辺鄙な場所へ通じる道は狭い土の道一本しかなかったため、自動車もバスもトラックもこれまで一度として踏み入れたことはなかった。その道はベトワー川によって分断されており、舗装もされていなかったため、近頃の雨でいっそう通行困難になっていた。それでもなお、地元のラヴァーたちは、創造の主が少しでも快適に自分たちのもとを訪ねられるようにしようと固く心に決めていた。そこでバーバー到着の数週間前から、彼らは八マイルにわたる道を広げ、窪みを土で埋め、凸凹を均らして、バーバーの車が通れるようにしようと懸命に働いた。彼らの愛の現れにバーバーの胸はいっぱいになり、そのためにバーバーは彼らの村へと出立した。
しかしケシャヴは車を手配することができず、そのためバーバーと男性陣はバスでイチュアラへ向かわざるを得なかった。オーライから七マイルの地点で橋を渡り終えた後、バスは運河沿いの道へ入ろうと左へハンドルを切ったが、その瞬間左の車輪が何かにぶつかり、突然停止してしまった。
