第24章: デヘラ・ドゥン、1953年
1954年· ババ 60歳ページ 3,427 / 5,444
生の支配からの解放、そして行為の迷路からの自由は、完全なる導師、サッドグル、あるいはクトゥブのもとへと近づき、その恩寵と導きを請うとき、すべての人に可能となり、ごく少数の人によって成し遂げられるのです。完全なる導師の変わらぬ勧めは、彼に対する完全な明け渡しです。自らの全て——心、身体、所有物——を明け渡し、その完全な明け渡しと共に、自分自身の「自己」までも完全なる導師に意識的に明け渡す、そのごく少数の者たちは、行為をなすための意識そのものは残されていますが、しかし今やそれは導師の指示によってのみ動かされるのです。
「自己」を明け渡した後のそうした行為は、もはや自分自身の行為ではありません。それゆえ、これらの行為は、生を養い保ち続ける他のあらゆる行為を根絶することができるのです。そうして生はしだいに生気を失い、ついには完全なる導師の恩寵により、その最終の死に屈服するのです。かつて忍耐強い求道者が永続する存在を実現するのを阻んでいた生は、もはや自らの欺瞞を働かせることはできません。
私は過去にも強調してきましたし、今もあなた方に告げ、これから時代を超えて永遠に繰り返すでしょう——あなた方は生の外套を脱ぎ捨て、永遠にあなた方のものである存在を実現してください、と。
不変で分かちがたく遍在する存在のこの真理を実現するための最も単純な道は、私に完全に明け渡すことです——あまりに完全であるために、ご自身の明け渡しすら意識されず、ただ私に従うこと、そして私が命じるときに命じるとおりに行動することだけを意識するほどに。
永遠に生きることを求めるならば、私への「完全な明け渡し」の手によってあなた方の「欺瞞の自己」が死ぬことを切に願ってください。このヨーガこそ、すべてのヨーガの精髄をひとつに収めたものです。
バーバーはデヘラ・ドゥンでエルチに『神は語る』の一部を口述し、マハバレーシュワルでもさらに多くの「要点」を口述し続け、エルチがそれを書きとめていった。夜になるとエルチはその要点を文章にまとめ、翌日それをバーバーに読み上げると、バーバーが修正を加えた。(そこには、バウがアルファベットを根気よく繰り返し、本文に必要な重要な単語を綴るために必要な各文字でバーバーが拍手をして彼を止めるという骨の折れる作業も含まれていた。)この作業は数か月にわたって続いた。
1954年1月28日、バーバーはこの短い詩を口述した。
解されれば、人生はただの戯れ。
誤解されれば、人生は厄介の種となる。
克服されれば、人生は安らぎに憩う。
道を歩む巡礼者にとって、人生は試練。
愛によりて消し去られたとき、人生は最善のものとなる。
バーバーはアディ・シニアとパドリをマハバレーシュワルに呼び寄せ、彼らとある仕事について話し合った。バーバーの兄弟であるジャルバイ、ベヘラム、アディ・ジュニアもまた、個別の面会と助言のために呼ばれた。バーバーは2月1日にハミルプールへ発つことになっていた。
バーバーは同行するマンダリにこう注意を与えた。「私を[ハミルプールへ]花のように扱って連れて行き、同じように連れ戻してください。これをよく覚えておいてください。これはあなた方への警告です!」
