第24章: デヘラ・ドゥン、1953年
1954年· ババ 60歳ページ 3,428 / 5,444
これはバーバーの健康に関することで、その状態は依然として良好ではなかった。彼は全身の痛みを訴え、何週間も満足に眠れていなかった。
月末に彼はこう言った。「1月は私にとって生きながらの死でした! 私は1月に死にますが、2月に再び蘇るでしょう。」
ケシャヴ・ニガムは、ハミルプールで奉仕者たちの会合を招集するよう告げられた。
その会合について、バーバーはバウにこう言った。「私はあなたを霊的自殺を犯す者たちの指導者にしましょう! 私と一緒にハミルプールへ来てくださいさえすれば、お分かりになるでしょう。」1
バウはこの言葉の意味を測りかねたし、他のマンダリの誰一人としてそれを理解することができなかった。
ペンドゥは例によって旅程の管理者であり、旅行の手配全般を担当した。クマールは総司令官の役を務めることになっていた。サダーシヴ・パティルはプーナから来て、食事の手配の調整を担うことになっていた。(バーバーは彼にマー・バープ[母-父]という愛称を付けた。それは合掌して恭しく嘆願をする相手という意味であった。)ナリマン、メヘルジー、ジャルバイ、チャガン、シドゥ、ダケ、ナナ・ケル、ラムジュー、ガデカル、パンクラジ、ヘランをはじめとする他の者たちも、バーバーとマンダリに同行してハミルプールへ向かうことになっていた。ハルジワン・ラールはデリーから直接、ブラフマ・ダットはデヘラ・ドゥンから向かう予定であった。バーバーは、巡行の間は二人の男性、すなわちエルチとメヘルジーが常に自分のそばにいるべきだと述べた。エルチが不在の場合には、ジャルバイがボードを読むことになっていた。チャガンとシドゥは個人的な世話係としてバーバーの便宜を図り、ダケとクマールはダルシャンの場所を訪れる際に(彼の傘を持って)バーバーを護衛することになっていた。ラムジューは、キシャン・シンが残した記録をもとに日誌をつけることになっていた。
アバターの諸活動を見て、時代は出発前の興奮に包まれていた。時代は、バーバーがいかに自然にその普遍的な御業を行っているかを知っていた。時代は、アバターが求道者となって新生活を生き、心を消滅させた様を見ていた。初め、時代はアバターの普遍的な心がいかにして消滅されうるのかを訝しんでいた。しかし時代は、アバターの普遍的な心があらゆる生ある心と生なき心とに結びついていることを悟った。そしてこの無限の数の中から、おそらくは彼がマノナーシュのためにいくつかを選び取ったのだろう、と。
隠棲のなかでのマノナーシュの後、アバターはインドの諸処に火を放ち、それを激しく燃え立たせるために、愛の風を吹くよう呼び寄せた。
脚注
- 1.後にバーバーがバウにハミルプール地区全体の通信業務を任せたとき、バウはそれが自分がそこでのバーバーの仕事の媒介者となるべきことを意味していると悟った。
