第24章: デヘラ・ドゥン、1953年
1953年· ババ 59歳ページ 3,413 / 5,444
彼らはバーバーのために巨大な花輪と王冠を持って来た。子どもたちがバーバーの頭に王冠を載せると、彼はクリシュナ神のようであった。バーバーは一人の子に口づけし、別の子を撫で、幼い子どもたちと至って気さくに過ごしていた。
彼は子どもたちに次のメッセージを綴った。「神は儀式や見せかけを必要としません。神は愛を求めておられます。私たちの愛は、私たちの胸が神を愛するときに、私たちの心ですらそれに気づかぬほどに至高のものでなければなりません。」
行事は午前八時から十一時まで、そして再び午後一時から六時まで続けられた。デヘラ・ドゥンはまことに祝福されていた!
その日にバーバーが大衆へ与えたもう一つのメッセージは、「幻影と戯れること」と題されていた。
皆さんをここまで導いてきた信仰に感謝いたします。皆さんの愛と献身にも感謝いたします。それは私をとても嬉しくさせました。私は皆さんの困難や問題、苦しみや期待を知っており、また理解しています。個々人だけでなく、世界全体が苦しみのもがきの中にあります。苦しみが訪れる時、それは神聖に定められたカルマの法則に従って訪れるのです。ですからそれは平静と不屈の心をもって受け入れねばなりません。しかし、皆さんの行いこそが皆さんの苦しみの多くの原因であることを、覚えておかねばなりません。賢明な行いによって、苦しみは最小限にとどめることができます。人類が必要としているのは霊的な智慧であり、そのために人類は必然的に完全なる導師たちとアバターのもとへ向かわねばなりません。
苦しみは無知から、あるいは幻影への執着から訪れます。たいていの人々は、子どもがおもちゃで遊ぶように、幻影と戯れています。皆さんがこの世のはかないものごとに囚われ、幻想的な価値観にしがみつくならば、苦しみは避けられません。幼い子どもたちにとっておもちゃを手放すことは容易ではありません。子どもたちは自分では解くことのできない習慣の犠牲となってしまうからです。同じように、皆さんは何百万もの生涯を通じて、幻影と戯れる習慣に染まってしまいました。皆さんがそこから抜け出すことは難しいのです。
幾時代にもわたり、アートマ[魂]は自らの影を眺め、形相による幻影の世界に没頭してきました。アートマは自らが創り出した光景に夢中になり、創造の幾度もの巡りを通してそれを眺め続けることを望むのです。魂が内へと向き、自己認識を切に望むようになる時、それは霊的志向を帯びたのです。しかし、そこにおいてさえ、何らかの光景を見たいというこの習慣は幾度かの生涯にわたって持続します。魂は何らかの奇跡や壮観な現象を体験したいと願い、さらに進んだ段階では、奇跡を行い現象を操りたいと望みます。霊的に進んだ人々ですら、幻影と戯れるこの習慣を脱することは難しいのです。奇跡への執拗な執着は、幻影と戯れる習慣のさらなる継続に過ぎません。
