第24章: デヘラ・ドゥン、1953年
1953年· ババ 59歳ページ 3,404 / 5,444
そのネパール人少年の生い立ちは、彼が一人っ子で、何らかの理由で家を出てしまったというものだった。両親は息子の失踪に取り乱し、悲嘆にくれて泣いていた。彼を捜そうとしたが、結局見つからなかった。このことは、二か月後に少年のネパールの友人がデヘラ・ドゥンへ訪ねてきたときに分かった。バーバーは知らされると、少年に家に帰るよう説得した。バーバーは毎日その若者の足に頭をのせて抱きしめ、その愛だけが少年を従わせるに足るものだった。
青年は300ルピーを与えられて喜んで旅立った。彼がバーバーのもとに来ていなければ、決して家には帰らなかっただろう。こうして数か月後、バーバーの「邪魔されていた」という訴えの真の理由が明らかになった。
サハンプルのラーニーとラージャは、バーバーの平屋の近くにある平屋に住んでいた。王妃の名はモヒニ・ラーニーで、夫はチャラト・シンであった。彼らの娘の一人プシュプ・ラタは、パティアラのラージャに嫁いでいたが、最近出産中に世を去った。悲しみに打ちひしがれたラーニーは、まるで気の触れた女のようになっており、もしこの時バーバーに出会わなかったら、状態は確実にさらに悪化していたであろう。
ラーニーはメヘル・バーバーのことを知り、1953年9月のある夕方、夫を伴ってマンダリの平屋を訪れた。エルチがバーバーと一緒に外のベランダに座っており、バーバーは彼女に何を望んでいるのか尋ねた。モヒニ・ラーニーは答えた。「バーバー、私は深い苦しみを抱えてあなたのもとへ参りました。お願いがあって参りました」。
バーバーは尋ねた。「何ですか。私に何を望むのですか」。
「私は娘なしには生きていけません。娘を返してください。娘を生きたまま連れ戻してくださいますよう、お願い申し上げます」。そして彼女は身の上話をしながら泣き崩れた。
バーバーは「どうして泣くのですか。あなたは娘を取り戻すことになります」という言葉で彼女を慰めた。
