第3章: マンジル-エ-ミーム
1922年· ババ 28歳ページ 338 / 5,444
あなたのお言葉は、表面に示されているものよりも深い意味を持っているように思えます。昨日もあなたは、私が健康そうに見えるとおっしゃり、特に私の首が随分太く丈夫になったとおっしゃいました。ところが見てください、今日は首がひどく凝って、大変痛むのです!」これを聞いて、バーバーは笑った。
ガニーが尋ねた。「神を実現する前の人の世俗的な知識や教育、聡明さは、悟りの後も同じだとおっしゃっていませんでしたか?」
バーバーはその点を明確にした。
私があなたに告げたことは、まったくその通りです。知識には二種類あります。(1)世俗的な知識、すなわち物質界に関わる知識、(2)神と一つになった後に獲得される神聖な知識です。神と一つになった人がこの物質界に関わる事柄を扱うとき、その後の彼の行為と言葉には、その内なる神性が反映されます。それゆえ、そうした人の言葉と行為には、ある種の神秘性と荘厳さが備わっています。しかしこれは、世俗の人々にはたいてい見過ごされてしまいます。たとえば、田舎者の手中のルビーは、彼によって本当の価値を認められることはありません。しかし同じ石でも、その価値を知る宝石商の手にあれば宝として大切にされるのです。
神と一つになった人は、自らの神聖な知識の力で世俗的な知識を最大限に活用できますが、その神聖な知識自体は少しも引き出されることはありません。したがって、普通の人間の言行と、完成された神聖な人格者たちの言行との間には、大きな隔たりがあります。
バーバーはガニーにココナッツオイルを少し持ってこさせると、ガニーの首をマッサージし始め、「これからあなたは決して首の凝りに悩まされることはありません」と約束した。
夕方、他のマンダリ数人がバーバーに、悟りという神聖な体験の後に人の本性が変わるのかどうかを尋ねた。長い議論が続いた末に、導師はハーフィズの人格に関連付けてその問題を明らかにした。
悟りの後でも、人の本性は同じですが、その表れ方が異なります。通常の人間状態では、その怒り、罵り、激しい言葉、振る舞いは、エゴゆえに表れます。エゴのあるところに神はおらず、神のあるところにエゴはありません。それゆえ、完全なる者の言葉と行いには、エゴがないのです。
