第24章: デヘラ・ドゥン、1953年
1953年· ババ 59歳ページ 3,350 / 5,444
今日、あなたに告げます。あなたが見るものも聞くものも、すべては夢です。しかし、あなたは決して信じないでしょう。なぜなら、あなたは自分が経験することは何であれ、現実だと思っているからです。あなたの眼が開かれれば、現実だと思っていたものが実は夢であったということを、おのずと知り、体験することになるでしょう。
心配しないでください。これらすべては幻影です。あなたは私を愛し、正直で忠実でなければなりません。あなたは、神でさえそのために頭を垂れるほどに、その愛において正直でなければなりません。神は、正直な愛に渇いています。ほんのわずかな偽善の気配さえ、あってはなりません。久しい年月が心をひどく汚してしまい、それを純粋で正直なものにするのは非常に難しいのです。疑い、推論し、喜び、病み、痛むといったことが、心の本性なのです。もしそれが心の本性でなかったなら、何度も生まれ変わる必要などなかったでしょう。想像がこのすべてを作り出し、世界はその中にあまりにも絡め取られていて、まるで泥沼にはまり込んでいるかのようです。そして、その泥沼から抜け出すことは不可能となるのです。それを救う術はただ一つ——神への正直な愛と、師からの助けです。
聖者サビル・サヘブの愛と信仰についての物語を語って、バーバーは述べた。
イランに、サビルという名のワリーが住んでいました。彼は神への愛と信仰においてあまりにも揺るぎなかったので、「アッラーがすることは、何であれ最善である」とよく口にしていました。彼は大変な富豪であり、七人の息子を持っていました。商売は栄え、他者からは羨望の的でありました。美しい妻と七人の息子と富とを持っているのですから、神のすることは最善であると言わない理由は彼にはない、と人々は当然のように言いました。ところが、商売で大きな損失を被ることが起こりました。彼はすべてを失いましたが、それでも、神のすることは何であれ最善であると繰り返し言っていました。それでも人々は彼に難癖をつけ、家族を養う収入を得るための七人の息子がいるのだから、逆境にあってもそんなことを繰り返さないわけがあろうか、と言ったものでした。
しばらくして息子たちが亡くなりましたが、それでも彼は同じ言葉を繰り返して、愛と信仰を貫きました。すると人々は、富も息子もすべて失って彼の責任は免じられたのだから、そう言わない理由があろうか、と言い出しました。次にサビルはらい病に襲われ、町から追い出されることになりました。これらすべてにもかかわらず、彼は、神のすることは何であれ最善であると言い続けました。そのとき町の人々の眼が開かれ、順境にあっても逆境にあっても、彼が信仰において岩のように揺るぎないことを知ったのです。人々は彼をサビル[忍耐する者、堪え忍ぶ者]と呼びはじめ、彼を大いに愛したのでした。
