第24章: デヘラ・ドゥン、1953年
1953年· ババ 59歳ページ 3,348 / 5,444
ルーミーはひどく動揺し、そこでシャムスは井戸からすべての書物を引き上げさせました。それらは完全に乾いていました!これにルーミーは驚き、シャムスは言いました。「ルーミーがシャムスの奴僕とならない限り、彼は何も学ぶことができないでしょう!」それ以後、ルーミーは師の奴僕となり、シャムスはついに彼を神-実現させたのです。
バーバーは話を締めくくって言った。「体験を得た人となりなさい。そのためには、師の足元の塵のようになりなさい。」
そのとき、バイドゥルがバーバーに何か尋ねたがったが、ニルが「質問にはきりがないだろう」と言って彼を止めた。
これを聞いて、バーバーは尋ねた。「始まりがないというのに、どうして終わりがあり得ますか?」
仔馬のシーバに言及して、バーバーは嘆いた。「この雌仔馬がやって来て——いつ終わりが来るのですか? 寝藁が要り、飼葉が要り、薬が要り、その他にも多くのものが要ります。それで、終わりなどどこにありますか?」
「今日の話し合いはなかなか良かったですね」とニルが言った。
「これは話し合いではなく、おしゃべり——世間話でした」とバーバーは答えた。
「では、ギーターは話し合いですか?」とクマールが尋ねた。
「それはクリシュナとアルジュナの間の対話です」とバーバーは答えた。
「そのような対話は良いものではありませんか?」とニルが問うた。
「それから善と悪について学ぶことになるのに、どうして悪いものとなり得ますか?」とバーバーは問うた。「悪いものなど何一つなく、これは体験を通して知らねばならないのです。」
バーバーは続けた。
私はひどく悩まされています。唯一の救いは、神がその無限の慈悲によって、この退屈と煩わしさから私を解放するよう祈ることです!神は絶対的に独立しており、無限に独立しています。あの方はご自身の内において絶対的に完全であられます。あの方はまた、完全なる独立をも超越しておられます。なぜなら、私たちがあの方を独立しておられると呼ぶとき、私たちにはまた依存という反対の思いが伴うからです。あの方の独立は、決して想像することのできないものであり、それに反するものは何一つ起こり得ません。私たちがあの方には属性がないと言うとき、私たちは属性についての思いを抱きはじめます。私たちがあの方は一者であると言うとき、私たちには二という思いが生じます。ですから、最も良いのは、『神は在る』と言うことです。
あの方の独立の中に無限性があり、同様にすべてが無限です。あの方が無限であられるからこそ、私たちはいたるところに有限性を見るのです。ですから、あの方の無限性において、その慈悲もまた無限の独立の中で無限なのです。
人は胸の奥底から、あの方の慈悲を求めて呼びかけねばなりません。胸を込めずに百年祈り続けたとしても、何一つ得るものはないでしょう。しかし、わずか一秒の真心からの祈りは聞き届けられます。ですから、内なる帰依をもってあの方を呼びなさい。そうすれば、あの方の慈悲の光線を体験することになるでしょう。
