“”ですから、今日のうちに来るべき日に備えてください。
この世に訪れた者たちは実に驚くべきものでありました。
この世の庭からは、幾百万のナイチンゲール[存在たち]が去って行きました、
今後さらに数十万がやって来ては去っていくでしょう。
アートマ、魂は一つでありますが、身体は実に多様であり、
苦難と悲しみの中でも、感謝し、平安でいてください。
忍耐をもって、いかなる時にも安らいでいてください。
代わりに、神聖なる神への思いをもって、あなたの胸を浄めてください。
名誉と品位ある人生を生きるほうがよろしいでしょう。
神は比類なき方、万物の中の一であります!あなたの胸の中にその方を見てください。
おお人よ、あなたは自慢のあまり天使の地位を失われました。
ご覧なさい、あなたと同様、無数の演者たちが来ては去ってゆきます。
ある時、見知らぬ人がマンジル-エ-ミームを訪れ、自分の問題を長々とバーバーに語った。彼はバーバーに祝福を懇願し、師に頭を垂れた。彼が立ち去った後、バーバーは次のように述べた。
“”私のもとを訪れる人々は、ほとんどいつも私に祝福を求めます。これらの素朴な魂は、師というものが実際には誰をも祝福も呪いもしないということを知りません。神聖な人物に近づくことによって叶えられる世俗的な望みの成就は、彼らがその人物に対して示す信仰の度合いに正確に比例し、彼らの祈りはその人物の周囲で働く神聖な力によって応えられるのです。
完全なる導師は霊的な領域において働きます。意識の境地にある者たちは祝福すると言ってよいでしょう。なぜなら、望まれる結果を引き起こすのは彼らの口にする言葉だからです。物質的な益(やく)を得る目的で完全なる導師に近づくときには、むしろ呪いを願うほうがよろしいでしょう。なぜなら、その導師からの祝福は——もし与えられるとすれば——その者を導師と同じく〈一〉とするために、彼の世俗的環境からサンスカーラの繋がりを根こそぎ抜き取ることになるおそれがあるからです。