第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,228 / 5,444
それがホールに設置されている間、ラオ博士はこう言った。「このホールのこの写真は、あなた様がこの地を訪れてくださったことを、いつも私たちに思い起こさせてくれることでしょう。」バーバーはまた、そのホールの名の由来となった聖者ラマナ・マハルシの肖像画を除幕し、それから大学のキャンパスを見て回った。
その晩7時半、バプ・サヘブ・カパルデーがアムラーオティーの自宅で一つのプログラムを催した。1バーバーを招くにあたって彼はこう言った。「プーナのヒラバイ・バロデーカルが、あなた様のために歌うべくこちらへ向かっております。どうか我が家にお越しいただき、ご臨席を賜りますよう。」
バーバーは彼の家に出向いたが、著名なマハーラーシュトラの歌手ヒラバイは現れなかった。
そこでバーバーは30分後にその場を去り、マンダリにこう言った。「カパルデーは私を欺きました。人々はこのような策略によって身を滅ぼします! しかし私の場合は違います。彼が私をどう扱おうとも、私は慈悲の大海であり、彼を赦したのです。」
ナーナー・ケルの姉スシラ・スベーダルと、その息子たち、23歳のバルと18歳のアーナンドもバーバーに会いに来た。アーナンドは前夜、夢の中でバーバーを見ており、彼にとても会いたがっていた。彼はこう尋ねた。「バーバー、私はあなた様のもとに留まってもよろしいでしょうか?」
バーバーはアーナンドを自分のそばに座らせて尋ねた。「あなたは私に従いますか?」
「もちろんでございます」とアーナンドは答えた。
バーバーはナーナーにも同様の質問を投げかけ、ナーナーも同じように答えた。ナーナーの兄ヴィヌーとその妻アシャ、その他の家族たちもその場にいた。
バーバーはナーナーに指示した。「裸になって、七軒の家で托鉢をし、その施しを持って帰ってきなさい。」
ナーナーが服を脱ごうとしたところで、バーバーは彼を止めた。
「あなたは本当に服をすべて脱ぐつもりだったのですか、それともただの見せかけだったのですか?」と彼は尋ねた。
ナーナーは言った。「もちろん、あなた様の御命令を実行するところでございました。」
バーバーは笑いながらこう述べた。「私はあなたのような者たちには頭を下げますよ!」
アーナンドに対して彼はこう述べた。「今のところは、あなたは学校で勉強する方がよいです。」
彼の兄は静かに座っていたが、心からバーバーを愛していた。その日から、二人の若者は共にメヘル・バーバーの足下に己が人生を捧げた。
ナーナー・ケルの義妹がアムラーオティー滞在中のバーバーの食事を作っていたが、ある日、バーバーは彼女にこう言った。「アシャ、あなたの作るチャツネ[薬味の和え物]はとてもおいしいですね。実に独特で、私はとても気に入っています。」
その一方、バーバーは次のプログラムが始まる前に容姿の整った十六歳の少年を見つけてくるようダケに指示し、ダケはただちに探し始めた。
次の大衆ダルシャンの場はナーグプルとなる予定であった。バーバーダースはそこにいたが、準備の責任が彼ではなくカーカー・シェルレーカルに任されたことで揉め事を起こしてしまった。
脚注
- 1.おそらくこの人物は、有名な独立運動家でサイ・ババの弟子であったG・S・カパルデーの息子の一人である。
