第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,226 / 5,444
デーシュムクは極度に緊張した――ダルシャン・プログラムのために何週間にもわたり入念な準備と宣伝が進められていた――そして自らの過ちを悔いた。それ以来、彼はバーバーに忠実に、文字どおり従うようになった。
貧しい人々との活動について、バーバーはデーシュムクにこう述べた。「私は富める者の中で最も富める者ですが、同時に貧しき者の中で最も貧しき者でもあります。そして本当に貧しく、困窮している者たち、マスト[神に酔う者]たちや大衆と接することが好きなのです。」
ヴィヌー・ケルの家の前には大きなパンダル[祭典用の天幕]が設けられており、1952年12月21日日曜日の朝8時にバーバーはそこに到着した。朝のダルシャンはジャイラム・ブア・サントが歌ったキールタン[宗教歌]で始まり、その中で彼は遠回しにバーバーの沈黙について問いかけた。
ジャイラムの問いかけに誰も気づいていなかったが、バーバーは気づき、こう述べた。「私は沈黙しているにもかかわらず、世界のあらゆる舌を通して語っているのです。」
日曜日の午後、ジョシ・ホールで公開ダルシャン・プログラムが開かれた。歓迎委員会の委員長で、退役した徴税官のシュリユトゥス・M・D・サガネが歓迎の辞を述べ、沈黙を破って語ってほしいとバーバーに熱烈に懇願した。サガネの演説の一部は次のとおりであった。
……メヘル・バーバー、この乱れた世界に住む不幸な私たちは、平和と喜びと光を長く待ち望んでまいりました。今や私たちは疲れ果て、辛抱できなくなっております。私たちの最後の希望はあなた様にかかっております。
メヘル・バーバー、私たちはあなた様が与えてくださる永遠の宝を受け取ることを切望しており、また黄金時代の幕開けのための神聖なる劇において、私たちにできるどんなささやかな奉仕でも捧げたいと願っております。それゆえ私たちは、あなた様が沈黙を破り、公にご自身を顕現してくださいますようお祈り申し上げます。アムラーオティーがこの稀有なる恩寵を賜る幸運に恵まれますことを願ってやみません……
演説が始まる前にバーバーはすでに満員のホールに向かってお辞儀をしていたため、続いて次のような返答を口述した。
我らが親愛なるサガネが、最も深い愛をもって、私が顕現し沈黙を破ることを求めてきました。彼の愛に満ちた懇願によって、私はこう宣言したい気持ちにさせられました。すなわち、神の心にかなえば、4月末までに、神は私をして、ただ一人実在し、私たちすべてが自らの内に見いださねばならぬ無限なる方を顕現させてくれるでしょう。神の心にかなえば、その顕現は、真にして永遠なる至福の遺産が私たちのものであることを世界に感じさせるでしょう。
私自身も自らの沈黙にうんざりしており、その時を心待ちにしています。そして私が語るとき、全世界が耳を傾けることでしょう。
