第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,200 / 5,444
インゴータでバーバーを楽しませようと、ある日ラクシュミチャンド・パリワルが棒を使う遊びを用意した。その遊びでは、二つの組が長い棒を振るって互いを力強く打ち合い、相手側の境界線を越えようとする。それはかなり激しい遊びで、不注意な競技者にとっては重傷を負う危険がある。
1952年11月23日日曜日、マヘワ近くのメヘラスターナへ向かう道中で、ケシャブ・ニガムがバーバーに告げた。「私のムスリムの友人が孤児院を営んでいます。バーバーがよろしければ、その施設を一度訪れていただきたいと願っております。」
バーバーは一つの条件付きで同意された。「子供たちの足を洗い、その足の上に私の頭を載せたあと、彼らにプラサードを与えましょう。ただし、私が彼らのダルシャンを受ける際には、彼らは絶対に静かにし、決して動いてはなりません。」
ケシャブはこれを受け入れ、孤児院で必要な手配を整えた。バーバーが到着すると、六、七人の少年たちが彼の前に連れてこられた。バーバーはまず、最初の少年の足を洗うことから始められた。しかし、バーバーが彼に頭を垂れようとした瞬間、少年は突然後ろへ下がってしまった。
バーバーは目に見えて不機嫌になり、こう述べられた。「少年が足を引いたとき、もし私の頭が地面に触れていたなら、この世は地獄に落ちていたでしょう。」
しかしバーバーは他の子供たちの足には実際に頭を載せ、それぞれにプラサードとして約20ルピーずつを与えた。バーバーはその金額の全てを孤児院の管理者に手渡したが、のちに判明したところでは、その者は強欲で、その金を自分の懐に入れてしまったのだった。
彼らは立ち去った。バーバーは自身の働きが台無しになったと述べ、その地域のほかの村にはもう一切立ち寄らないと言われた。プカルとアダルシュ・カレは泣き出した。途中、バーバーは車を止めさせて自ら降りた。プカルは自分のコートを地面に広げ、バーバーはタマリンドの木の下でその上に腰を下ろした。
彼はケシャブとプカルにこう告げた。「うまくいきませんでした。これは不吉な出来事であり、孤児院と村に凶を告げるものです。彼らをその不運から解き放つ唯一の手立ては、私がメヘラスターナに到着した瞬間に、十四歳に満たない見目麗しく聡明な孤児の少年十四人にひれ伏し、14ルピーのプラサードを与えることです。」
ケシャブとプカルはこれに同意したが、プカルは人口がわずか400人ほどのマヘワのような小さな村で、そうした条件に合う少年を十分に見つけられるかどうか懐疑的だった。
もう少し進んだところで、崩れた仮設橋のために一行の旅は遅延した。橋の修理作業が進められている間、バーバーは村の若い少年一人を指し示し、プカルにその子と話すよう命じた。年齢を尋ねられると、少年は「十四歳です」と答えた。
バーバーはとても嬉しそうな様子で、手振りでこう示された。「これは良い兆しです。」
バーバーはその少年を祝福し、のちにこう述べられた。「いつの日か、この子は聖者となるでしょう!」
ケシャブと数人の者は必要な人数の少年を探し出そうと最善を尽くし、ついに条件通りの年齢の少年十四人を見つけ出した。こうしてメヘラスターナに到着すると、これがバーバーが最初に行った活動となった。
ケシャブ・ニガムと彼の兄弟ムクンドラルは、マヘワ村の外れにある丘の頂きの開けた場所に、たいそう立派な土の小屋を建てさせており、その場所はメヘラスターナ(メヘルの敷居)と名付けられた。バーバーはその場所とその風景をたいそう気に入った。まさにその場所で、ケシャブは二年前に作った長詩「メヘル・チャリサ」をバーバーの前で初めて読み上げたのであった。1
脚注
- 1.チャリサは「四十」を意味する。ケシャブの詩はバーバーを讃える40の二行連句から成る。
