第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,195 / 5,444
実のところ、例外なくすべての人の真の存在は、ひとえに絶対の真理である神のこの限りなき存在の内にあり、またその存在として在るのです。しかしそれは、ある隠された宝を持っているようなもので、たとえそれが我々の所有であっても、知られぬ限りは存在せぬにも等しいのです。進化的創造の唯一の目的は、魂をこの無限の宝の意識ある所有と享受へと至らしめることにあります。完全なる者たちにおいては、神はこの目的に向かって意識的に働きます。しかし他のすべての者・すべてのものを通して働かれているのも、ひとえに神お一人であり、その働きは大半が無意識のうちになされるとはいえ、それもまた同じ目的へと導くのです。
この点は、呼吸の喩えによって明らかにすることができます。呼吸は生命のまさにその基礎であり、呼吸が止まることは、魂の存在を終わらせずして肉体を脱ぎ捨てることを意味します。しかしこの呼吸は大半が無意識のうちに営まれており、我々がそれを意識するのは特別に力を費やす場合のみです。同様に、進化の諸過程を通しての神の働きは大方が無意識かつ静かなものであり、この働きが止まれば、神自身の存在を終わらせることなく、創造の終わり(プララヤ[宇宙の解体])がもたらされます。神が自身の働きを意識するのは、永遠の生命の内に神性を所有し享受する「神-人」たちというごく稀な場合に限られます。
幾代もの長きにわたり、神は沈黙のうちに働いてきており、その無限の沈黙を体験する者たちを除いては、誰からも観察されることも気づかれることもないままでいます。
大規模なプログラムのほかにも、バーバーは私的な催しに出席したり、近しい愛者たちの家を訪ねたりしていた。そうした家庭訪問をする際、ガデカルは行く先々でバーバーのアールティーを執り行った。バーバーは、自分と共にやって来た男たちは自分がどこへ行こうとも常に共にいなければならないという条件を定めていた。
ダルシャンの時には、クマール(バーバーの「アンブレラ・マン」)が常に静かに諸々の段取りを整え、群衆を整理していた。バーバーが頭を垂れることとその意味についてのメッセージが、各プログラムで声高に読み上げられ、彼が群衆に向けて頭を垂れた後に初めて、他の議事項目が開始された。
ハミルプルでのダルシャンの最中、シヴ・ナラヤンという男がバーバーに歩み寄ってきた。彼は全身を埃にすっかり覆われていた。彼はただちにバーバーのアールティーを執り行い始めた。バーバーはこの上なく愛情深く彼を抱きしめ、果物をいくらか手渡してその場で食べるようにと言った。後になって判明したところによれば、その人物はバーバーのダルシャンを受けるために、空腹のまま27マイルの道のりを、一歩進むごとに道の上に全身を伸ばして平伏しながらやって来たのだという。
