第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,185 / 5,444
談話の朗読は中止され、バーバーは全員にメヘラバード・ヒルにあるドーム(彼のサマーディ)を訪れる許可を与えた。バーバーは、自分が五か月ほどその中に閉じこもり、その間は紅茶と水だけで過ごしていたと述べた。
バーバーは付け加えてこう述べられた。「この場所は霊的に非常に重要な場所であり、私は私のマンダリに、私が肉体を脱ぎ捨てたときには、ここに埋葬するよう命じてあります。」
再びバーバーは集まった皆の愛に対して頭を下げ、こう述べられた。「これで仕事は終わりましたから、帰りたい方は今夜の汽車ででも、お帰りになって構いません。」
バーバーは自室へ向かうために立ち上がった。ほとんどの者がその夜メヘラバードを去ることになっており、バーバーと親しく時を共にする機会が再びいつ訪れるか分からなかったので、皆は重い胸を抱えて彼が去る姿を見守った。
翌朝、1952年11月10日月曜日、バーバーは午前8時頃にメヘラバードへやって来た。招かれた者のうちの何人かは、その朝まで残るよう特に求められていた。バーバーはいくつかの面談を行い、それを終えるとホールへやって来た。
そこでバーバーはこう述べられた。「さて、私はピンパルガオンで少々用事がありますので、11月14日にメヘラバードへ参ります。ドンが、私の脚の骨がきちんと癒合したかどうかを見るためにレントゲンを撮りたいと言っています。そして私自身にも、なすべき仕事があるのです。」
メヘルジー、ナリマン、サダシヴ・パティル、プリーダー、ミヌー・カラス、パパ・ジェサワラは、自宅へ戻ることを許された。バーバーはスレー、パンドバ、マダヴ・ラオ、ムルリに、14日の正午にメヘラバードを発つよう命じた。巡回に同行する者たちの名簿に若干の変更を加えた後、バーバーはこう述べられた。
さて、皆さんに深く心に刻んでいただきたいのは、11月15日から4月末まで、私の燃えるような人生は私にとって内的なものとなる、ということです。すなわち、内なる火と、外的な屈辱、侮辱、病、絶望、攻撃があり、それとともに大衆の集まりやバジャン・キルタンの催しもあります。ですから皆さんは、私の栄光のみならず、私の転落をも共にする心構えをしていなければなりません。しかし、最も大切なことは、皆さんが私の言う通りに行わねばならないということです。幾千の人々がやって来て私の足に触れ、バジャンやキルタンを行うとき、皆さんはその喜びに加わることができます。しかし、ある場所において、私と私の仕事への反対や屈辱を目にしたなら、私に従うことによって、それをも共に担う心構えをしておいてください。
