第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,186 / 5,444
私とより長くともに過ごす者たち[マンダリ]は、私の命令を守ることに特に気をつけなければなりません。
全員がそれぞれの場所へ出発するに際し、バーバーはマンダリに各々異なる任務を割り当てた。ペンドゥは旅行の管理者に任命され、サダシヴは食事担当、アロバは荷物担当、クマールは「総司令官」、チャガンはバーバーの食事を作り夜警を務める役、エルチはバーバーの個人付添人、ナナ・ケルはカイコバードの付添人、ラムジューは日誌記録者、メヘルジーとナリマンとダケはバーバーの同伴者、そしてヴィシュヌは会計係に任命された。1プーナからのガデカル、マドゥスダン、タデもバーバーに同行するよう呼ばれた。
バーバーが出発前の11月14日にメヘラザードで行った「仕事」の一つは、約束通りスーフィズム・リオリエンテッドの憲章に署名することであった。
あるとき、憲章が起草されている最中に、バーバーはアイビー・デュースに次の電報を送った。「私のスーフィー憲章は、綴り[原文ママ]または文構造の修正以外は変更してはなりません。」2
バーバーの左脚は、アメリカでの自動車事故の後まだ完全には治っていなかった。ギプスが作られたが、彼はそれを使わなかった。バーバーの全般的な健康状態もよくなかった。喉が痛んで熱があり、腹部の不快感をしばしば訴えていた。サロシュは11月11日に彼とドンをケトカル病院へ車で送り、再度レントゲンを撮らせた。アディ・ジュニアはプーナから来ており、サロシュとともにメヘラザードへ向かった。
人類を火の大洋へと突き落とす旅に発つ前に、彼の健康に関するこの回状がインド全土に発行された:
「下三分の一」と呼ばれる部位の骨折が癒えるのに長い時間がかかることはよく知られており、バーバーの脚の骨折もこの事実の例外ではありません。
メヘラザード、ピンパルガオン、アフマドナガルへ戻られて以来、バーバーは骨痂形成と骨接合の進行状況を確認するため、定期的に脚のレントゲンを撮ってこられました。最後に撮ったレントゲンでは、骨折部位の腓骨がまだ接合していないことが判明しました。医師の話では、この状態が続けば、再度膝下のギプスが必要になるかもしれません。したがって、この活発な「燃える人生」プログラムの間、時間が取れるときには、バーバーは脚の骨接合の進行状況に関する追加のレントゲンと相談のためにアフマドナガルに戻られます。
バーバーは、ピンパルガオンに来られるか来られないかにかかわらず、ご自身の燃える人生の仕事が4月末まで続くことを皆に知ってほしいと願っておられます。
脚注
- 1.カイコバードは夜よく見えなかったので、ナナ・ケルがその傍に留まっていた。
- 2.皮肉なことに、電報係が「spelling」のスペルを誤った。
