第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,145 / 5,444
ですから、カルマ[行い]を、自分のためではなく他者のために行いなさい。自分自身を忘れるよう努めなさい。絶対なる赤裸の境地に至るまで、これに従いなさい。逆説のように聞こえるかもしれませんが、カルマを行うのは、神を失うためではなく、神の中で自らを失うためなのです!
最高の段階のファナー[滅却の境地]においては、神聖なる空虚があります。ここでファナーとは、神を完全に失うこと、完全な空虚を意味します。この境地においては、皆さんは存在せず、神も存在せず、何も存在しません。しかし、神もなく個人もなくなるや否や、神は全き栄光と共に戻り、皆さんは悟りを得るのです。
もし、超人的な努力をもって、ある人が百パーセント自らを失えば、その人はマジュブとなります。この場合、神は失われ、再び見いだされますが、神の生命は生きられません。もしその人が世界に対する意識を取り戻すならば、神の生命を生きることになります。
より低位のファナーを体験している間でさえ、皆さんは茫然となります。しかし、瞬時にその空虚は満たされます。最終的なファナーのためには、生涯また生涯にわたって超人的な努力をしなければなりません。しかし、ひとたび最終で熟した瞬間が訪れると、その人は神聖なる空虚を体験します。
神聖なる空虚——この空虚は同時に満たされます。しかし場合によっては、それが満たされる前に、肉体とのつながりが断たれてしまうことがあります。
場合によっては、神聖なる空虚と神聖なる充満の体験が同時に起こります。しかし、世界とのつながりが緩むか、あるいはこのつながりが粉々になることがあります。今や彼らはこの世界を意識していません。彼らは自分が何を食べ、何を飲んでいるのか正直なところ分からず、数日後に肉体を脱ぎます。
極めて稀な場合に、世界とのこのつながりが堅く保たれ、すなわちパッキー[揺るがず、影響を受けない]のままに留まります。それがサッドグルなのです。
その後、バーバーは午後六時三〇分頃にメヘラザードへ出発した。
1952年11月2日日曜日の朝、バーバーはアディの車で午前八時に到着した。彼は皆が集まっているホールへと入って来た。バーバーはプリーダーに、二日、三日、四日と三日連続で、午前九時から十一時まで、午後三時から五時まで、自室で神の御名を繰り返すよう指示していた。
バーバーは、その朝、神の御名を繰り返すよう求められた「ジャプワーラー」と呼ばれる十二人の男性、および聖典や経典から朗読することになっていた四人の「祭司」たちに、自身が頭を下げると述べた。
バーバーは説明した。「今日から十五日まで、私は献身者となります」。
