第22章: 1952年西洋への旅
1952年· ババ 58歳ページ 3,117 / 5,444
別の機会に、アイヴィーはバーバーに会うためスカースデールへ車で行き、ある時こう尋ねた。「バーバー、私たちはいつかイエスの生涯についてもっと知ることになるのでしょうか。彼が12歳の時から30歳になった時までに何が起こったのか、私たちは何も知りません」
バーバーは微笑んで言った。「はい、それはその書の中にあります」
「私たちはいつかその書を読む機会を得るのでしょうか」とアイヴィーは尋ねた。
バーバーはうなずいた。
しかしラノは正確な答えを引き出そうとして、「この生でですか、バーバー」と尋ねた。するとバーバーは再びうなずき、「はい」と答えた。
7月23日、エジプトでクーデターが起こった。バーバーは、マストに接触するためカイロに着陸したいと絶えず強調していたが、今や計画を変えざるを得なくなった。
彼はジョン・バスの方を向いて言った。「エジプトの革命はジョンのせいです」1
映画プロデューサーのガブリエル・パスカルは、1952年7月25日金曜日にスカースデールへバーバーに会いに来て、翌日にも再び来た。バーバーは彼に会えて喜び、彼らは、パスカルがマハトマ・ガンジーについての映画を作りたいこと、またサロシュ、メヘルジー、ナリマンをその映画のインドでの製作と配給に関わらせたいことについて話し合った。
28日の午後、バーバーはコンスエロ・サイズのアパート(東57丁目125番地)を訪れ、そこで彼女の友人や社交上の知人40人に会った。
別の日、バーバーは女性たちを連れて、東66丁目200番地のマンハッタン・ハウスにあるフレッドとエラ・ウィンターフェルトのアパートへお茶を飲みに行った。
バーバーはお茶をほめて言った。「エラは天使です」
それから彼は言った。「天使でさえ、神へのこのような愛は持っていません。彼らが悟りを望むなら、まず人間にならなければなりません。人が神-実現に至ると、一日から三日のうちに肉体を落とします」
バーバーは、神-実現に少しも関心がないマーガレットをからかった。「バーバー、私はマーヤーが大好きです」と彼女は冗談を言った。「マーヤーは美しいと思います。それに、私はまたあなたと一緒にいたいのです」
ルアノもその場におり、胸に引っかかることがあった。彼女は尋ねた。「ある物質が印象を『保持する』というのは本当ですか」バーバーは肩をすくめ、ルアノは続けた。「1936年にあなたが私をインドへ来るようお呼びになった時、私はお金をほとんど持っていませんでした。けれど友人と一緒に、偶然占い師のところへ行きました。するとその人は、私が身につけていた古い中国の腕輪を外せば、物事は好転すると言いました。それは人生ですべてを失った人のものだった、と彼女は言いました。それで私はそうしました。私は、なぜしないのか、と思ったのです。するとほとんどすぐに、誰かが私に500ドルの小切手を送ってくれました。それはインド行きの船賃に十分な額でした」
脚注
- 1.この出来事を目撃し、自分とは明らかな関係がない出来事についてもバーバーから責められたことのあるフィリス・フレデリックは、バーバーが責任を負わせる時には冗談のように見えたものの、それは世界情勢に関する彼の霊的な仕事を示していたのかもしれないと推測している。
